41項
レイラと共に勢いよく倒れてしまったカムフは、運悪くトランクケースの角に頭を打った。
一時白目を剥いて倒れた彼に顔面蒼白したソラたちは、早速隣室にいたロゼを強引に呼び出したほどだ。
ロゼによって直ぐに自室に運ばれ介抱されたカムフだが、幸いなことに怪我は頭部に出来たタンコブ程度であった。
「思ったよりは大丈夫そうだけどなあ…」
「ダメよ。大したことはないとしても一応は安静にしておきなさい」
「そうそう。医者だって『せめて夕飯作るまでは寝てろ』って言ってたじゃん」
自室のベッドで寝ているカムフにそう言い付けるロゼとソラ。
珍しくカムフは不満げな顔を見せつつ、「わかった」と残念そうな声で布団を被った。
子供っぽく拗ねた様子の彼にソラとロゼは互いにため息を吐きながら、静かに部屋を後にした。
「氷のう手放せない状態だってのにさ。なにが大丈夫さ。そんなわけないじゃん」
「きっとそれだけ腕によりをかけて振る舞いたかったのでしょうね。『食事がこの旅館唯一の華』って散々言っていたもの」
しかし、肝心の料理人が怪我をしてしまっては料理どころか食材集めすら叶わない。諦めるしかない。
と、通常はなるところなのだが―――。
「ま、代わりにあたしたちが食材集めてあげりゃあその間に安心して休むこともできるっしょ」
「…安心して休めるかはわからないけれど、ね…」
ロゼは気楽な顔をしているソラへそう言い返しつつ、前方を一瞥する。
するとカムフの自室の向こう―――廊下では、心配そうに眉尻を下げるレイラと何度も頭を下げているキースが待っていた。
「…で? カムフは大丈夫そうなの…?」
「あたしたちが食材集めしとかないと代わりにすっ飛んでいきそうなくらいには。ね」
少なからず責任を感じていたのだろうレイラであったが、ソラの言葉を聞くなり安堵に胸を撫で下ろす。
が、他に聞き逃せない言葉があったらしく、レイラは急ぎ顔を上げた。
「ところで……あたしたちが食材集めするって…本気なの?」
「当たり前じゃん。レイラが怪我させたんだから責任取らないと!」
責任。と言われてしまうとそれ以上反論することは出来ず。
顰めた顔を見せつつもレイラは「わかったわよ」と素直に頷いた。
「―――それじゃあ鮎と山菜取りにしゅっぱーつ!」
道具一式を持ったソラは意気揚々とそう叫びつつ森の奥へと入っていく。
が、それを遮るようにしてレイラは強引に制止させた。
「ちょっと待って!」
「えー、何? 長靴は貸したじゃん」
ソラは眉を顰めながらレイラの足下を一瞥する。編み上げのロングブーツでは歩きにくいというレイラの申し出で、急きょソラのブーツを貸していた。
「わたしは仕方ないとして…何でキースとあの客まで同行するのよ」
レイラはそう言うとロゼを指差す。
「いいじゃん別に! 人数多い方が山菜も探しやすいし。それに何かあるかもしれないでしょ」
「何かって…まっさかこんな平凡な山奥で誘拐犯でも出るって言うの?」
「で、出るよ! 出てたし! しかも結構最近!」
「それはそれで物騒過ぎじゃない? だったら食材集めなんて止めた方が良いんじゃないの?」
ムキになるソラに対し、レイラもついヒートアップしていく。
二人の大声に鳥たちも大慌てで羽ばたき逃げていくほどだ。
「よくもまあ休まずに醜い争いが続けられるものね…」
睨み合う二人の後方を歩くロゼは人知れずそんなことをぼやきつつ、ため息を吐く。
と、彼の隣にはキースが黙々と歩いており、ロゼと視線さえ合わそうとしない。たまに目が合っても直ぐに逸らされてしまい、終始怯えた様子であった。
「本当…今日は災難だわ……」
ロゼはそう呟いてからもう一度、深い深いため息を吐いた。