40項
レイラとキース姉弟の宿泊部屋はロゼの部屋の隣になった。
他にもいくつか空き室はあるわけだが。もしものとき隣に誰かがいた方が何かと安全だろうというのがノニ爺の考えだった。
「じゃあ荷物は此処でいいか?」
「ええ、ありがと」
重いトランクを部屋に運び終えたカムフは視線をレイラから、ソラの方へと向ける。
「な、んで…あたし…までっ!」
力んだ声で不満を漏らすソラ。彼女の両手にはレイラのトランクケースがあった。
慌ててカムフはソラの荷物を受け取ろうとするが、レイラがそれを制止する。
「あら、体力づくりしてるんでしょ? だったらこれくらいお茶の子さいさいじゃない?」
「あ…当ったり前でしょ!」
ムキになってそう言い返すとソラはその怒りをぶつけるかのごとく、荷物を部屋に置いた。
「ていうかこれどうやって運んできたの? キースに手伝ってもらって?」
「違うわよ。ちゃんと一人で全部持ってきたわ」
「え…」
ちなみに、これらのトランクケース四つのうち三つはレイラのものとのことだ。
「はいこれ。何かあったときはフロントに来いよ。まあ大抵はおれかじいちゃんがいるからさ」
「わかったわ」
カムフから鍵を受け取ったレイラは人前であることも気にせず、ブーツを脱ぎ捨てるなりベッドへと横たわった。
「はあ…これでやっと足が楽なったわー!」
開放的に大の字になってくつろぐ彼女の一方で、キースは丁寧にお辞儀をして返す。そのお辞儀には『ありがとう』だけではなく『迷惑おかけします』といった意味合いがあるのだろうとカムフは察する。
そのメッセージに気付いていないソラはレイラのくつろぎっぷりが気に食わないらしく、青筋を立てている。
このままではまた口ゲンカが始まってしまうと、カムフは急ぎこの部屋を去ろうとした。
「じゃ、じゃあ…俺たちはこれで。夕飯は食堂に来てくれればいいから」
忙しなく踵を返すとカムフはしかめっ面のソラの背を押した。
「ちょっと待って」
が、呼び止められてしまい仕方なく二人は足を止める。
レイラは寝ころんだままの体勢で尋ねた。
「今日の夕飯って何?」
「夕飯? そーだな…せっかくだし、レイラたちの好きだった鮎の塩焼きと炊き込みごはんかな」
「えっ!? ホントに!? いいの!!?」
献立を聞くなり飛び起きるレイラ。
だがそれも無理はない。都市部で鮎は高級品扱いされており、五つ星レストランでなければ提供されないような代物だといわれている。
だが、この山麓にあるシマの村ではよく釣れるため、ハレの日の御馳走や旅館のメニューとして提供されることがあった。
「やったあ! 久しぶりの念願の御馳走よ~!」
両手を挙げてまで大喜びするレイラ。この反応はむしろその言葉を待っていたと思われても仕方ない。
しかし、喜ぶレイラの傍らで白けた顔をしているソラ。彼女はカムフのわき腹を小突いた。
「でもさ鮎なんて用意してあったっけ?」
「ううん、ない」
それはとても潔い否定だった。
やっぱりかとため息を吐くソラと、目を丸くするレイラ。
レイラはベッドから飛び降りるとカムフの肩口に掴みかかった。
「ちょっとちょっと! 無いってどういうことよ! まさか嘘ついて鮎じゃない塩焼き用意するわけじゃないでしょうね!」
「だ、だからさ…こ、これからっ…取り、行くんだ、って―――」
力強く肩を揺さぶられたカムフは思わずバランスを崩してしまい、そのままレイラと共に倒れた。
そして直後。
ゴンッ!! という、とてつもなく鈍くて良い音が部屋中に響いた。
「あ…」
「あっ」
その衝撃に思わずソラとレイラは声を揃えてしまうほどだった。




