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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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38項

   







 場所は移り、旅館内のエントランス。その一角にソラたちはいた。

 ソファへと腰掛けながら足を組み変えるロゼ。その反対側の席にはソラとカムフが座っている。


「レイラと弟のキース…二人は以前このシマの村に住んでいたんです。まあ…色々事情があってこの村から離れてしまいましたけど…」

「色々…?」


 ロゼはカップから漂うコーヒーの香りを堪能しながら聞き返す。


「そ、れは…」


 彼が引っかかった単語はどうやらカムフにとっては失言だったらしく。あからさまな挙動不審を見せる。

 するとそんなカムフに助け舟を出すかの如く、不機嫌そうな顔でソラが口を開いた。


「今はユキノメで暮らしてるから全く会えないってわけじゃないけど…遊びに来るのはかなり久し振りかもね」


 そう語りながらもムスッとした顔を貫くソラ。

 ちなみにユキノメとはアドレーヌ王国南方に位置する都市で、南方都市とも呼ばれている。主に観光と娯楽、そして近年では医療に力を入れている都市だ。


「ふうん…それで、彼女がこんなに不機嫌なのはどういうことなの?」


 はぐらかされた事情が気になりつつも、彼女の膨れっ面の原因にも興味が湧きロゼはカムフを一瞥する。

 カムフはソラを見た後、苦笑を浮かべて答えた。


「まあ、ソラにとってはライバルみたいな子なんですよ」

「何かとあたしに突っかかってきたり挑発してきたりしてさ。ムカつくんだよね」

「その割には手紙を見たときの貴方…嬉しそうだったわよ」


 ロゼにそう突っ込まれた途端、ソラは力強くかぶりを振って否定した。

 

「そんなわけないから!」


 だがその一方でカムフとロゼは互いに顔を見合わせ、微笑で返す。

 何もかも見透かしたような二人の笑みが気に食わず、ソラはテーブルに置かれていたオレンジジュースを一気に飲み干した。


「けどさ…手紙には『今度遊びに来るからお迎えよろしく』って書いてあったけど、何でこんな何もない村に来たがるんだか…」


 ソラのジト目はロゼに向けられるのだが、彼は気にすることなく静かにコーヒーを啜っている。


「まあ確かに何にもないけど…ここに『女神送り祭(めがみおくりまつり)に参加したい』って書いてあるし。今年もそれに参加するつもりで来るんじゃないか?」

「あ、そういやもうそろそろだったね!」


 と、女神送り祭(めがみおくりまつり)という言葉を聞いた途端、ソラの表情はそれまでと一変して明るくなる。

 彼女のあからさまな顔色の変化が気になったのか、ロゼもまた足を組み変えると前のめりに尋ねた。


女神送り祭(めがみおくりまつり)って…?」

「興味ありますか?」

「まあ、ね」

「この村の数少ない祭です。蛍が舞う季節になると村人総出で夜の小川に花を流して五穀豊穣を祈るんです。結構幻想的で綺麗なんですよ」


 いつの間にか話題は祭の方へと逸れ始めていっているのだが、誰も気付くことはなく。

 珍しくソラとロゼも意気投合して祭の話に耳を傾けていた。

 するとそのときだ。






「ちょっと! どういうことよ!!?」


 バァン!

 と、まるでそのタイミングを待っていたかのように勢いよく開いた扉。

 扉の向こうから背に日を浴びながらやって来たのは一人の少女だった。


「手紙に書いてたでしょ! 一週間後に遊びに行くから迎えに来てって!」


 腰に手を当てながら仁王立ちでいる少女。そんな突然の登場にソラとカムフは驚いた顔で同時に叫んだ。


「レイラッ!?」

「レイラッ!?」


 レイラと呼ばれた少女はズカズカと靴音を鳴らしながらソラとカムフの前に立つ。

 金髪のポニーテールが特徴的な―――いかにも活発そうな外見の娘だと、ロゼは思う。


「お蔭で荷物を持って此処まで歩かされるわ…買ったばっかのブーツだって泥だらけになったのよ!」


 そう言ってレイラは二人にブーツを見せつけた。確かに都市部で流行りの編み込みブーツは残念な程泥が飛び散ってしまっていた。

 だが一方的な怒声に気分を悪くしたソラは顔を顰めながら反論する。


「そんなこと言ったって手紙は今日届いたんだよ。なのに迎えに来いとか不可能じゃん」

「嘘よ! わたし間違いなく七日前に手紙を出したんだから…」


 レイラの言う通り手紙の消印には七日前の日付が押されていた。 

 が、しかし。手紙がカムフのもとに届いたのは七日後の今日。


「つまり…七日前に投函した手紙が七日後の今日届いてしまったっていうことだろ」

「こんな田舎村じゃよくあることだし。てかそんなことも忘れて送ったたレイラのせいじゃん」


 ソラはそう言うと鋭い眼光でレイラを睨む。だが狼狽えることなく負けじとレイラもソラを睨み返す。


「なっ…だ、だとしても手紙を読んだなら直ぐに飛んででも迎えに来るべきじゃない。手紙が届くのも動き出すのも遅いなんて…これだからのんきな田舎っ子は嫌なのよ」

「なにおー!」


 睨み合う二人。その視線からは火花が飛び散り迸る。

 そんな熱くなっていく二人の間に果敢にも割って入ろうとするカムフであるが、悲しいことに見向きもされず。

 助けを求める瞳でカムフはロゼを見つめる。が、ロゼも厄介事はごめんとばかりに視線を逸らす。

 ギャーギャーと騒がしくなる中、カムフは頭を抱えようとした。丁度そのとき。

 カムフはもう一人の来客に気付いた。


「キース!」


 喜びの声を上げ、カムフはソファから立ち上がる。

 キースと呼ばれたその少年は扉の前で申し訳なさそうに立っていた。

 レイラによく似た外見の、しかし内向的な性格そうな少年。

 苦笑いを浮かべて返すそんな少年を見つけるなり、ソラもまた席から立ち彼の傍へと駆け寄っていった。


「キースも遊びに来たんだね。久しぶり!」


 近付いてきたソラとカムフに何度も頭を下げ、はにかむキース。

 その一方で、わいわいと賑わう二人の傍らで一人取り残されてしまったレイナ。

 彼女は顔を真っ赤にさせ、大きな声を上げた。


「ちょっとちょっと! 私を無視しないでよぉ!」








    

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