37項
―――それから一週間ほど経過した。
この日も空は晴天で、どこまでも雲一つない青空が広がっていた。
そんな光景を臨んだ後、カムフの視線はおもむろに眼下へと移る。
窓の向こう、その旅館裏では今日も二人が何やら騒がしくしているようであった。
「…今日もやっとるようじゃのう」
そう言ってカムフの隣に並んだのはノニ爺だ。彼はモップを片手に窓を覗き込む。
「うん。七日目にしてようやく木刀を持たせてくれたみたいでさ…ああやって言い合いこそしてるけど、ソラもロゼさんも以前より楽しそうだ」
「ふん…ずっとお客様にしかめっ面しておったからのう…もう少しでソラを出禁にするところじゃったわ」
「まあまあ。ソラにだって色々あるんだし」
と、そんな辛辣な言葉を吐いているノニ爺であるが、その横顔は温かく見守る保護者の横顔そのもので。彼の表情に気付いたカムフもまた、不意に同じ顔を浮かべる。
「出来ることなら…この光景がいつまでも見られれば良いんじゃがな…」
「え…?」
珍しく小さな声で囁いたノニ爺。聞き取れなかったカムフは思わず聞き返したものの、ノニ爺が答えることはなく。
代わりに彼は懐から一枚の手紙を取り出した。
「…と、そうじゃったそうじゃった。先ほど久々に手紙が届いてのう」
「父さんたちから?」
「いいや。だが懐かしい名前じゃぞ?」
ノニ爺はそう言うと口角を吊り上げながらカムフに手紙を渡した。話を上手くはぐらかされ眉を顰めつつもカムフは手紙差出人を確認する。
「ま、さか……」
そして一人、目を丸くさせた。
「あだっ!? っつー…!」
木刀を吹き飛ばされ尻餅をつくソラ。まるで痺れるような感覚が掌から伝わり、咄嗟にグーパーと掌を動かす。
細身な見かけによらず怪力である稽古相手にソラは顔を顰めた。
「もっと手加減してよー!」
「情けないわね…さっきまで『体力づくりはもう終わったから余裕で一本取れる』って息巻いていたじゃない」
片や汗一つかくこともなく、余裕の表情でロゼはそう言い放つ。
ソラはふくれっ面を見せながらも、転がった木刀を取りに向かう。
木刀を拾った彼女は諦めることなく即座にその刃をロゼに向けた。
「…い、一本取れるのはホントだし! いつかは、だけど……そ、それとさ、もうちょっと優しくしてくれた方がモチベーション上がるんだけどなあって思って、ちょーっと言っただけだから!」
文句を言いつつも、その眼つきだけはただただ純粋に真っ直ぐ輝いていて。
そんなソラの双眸を見つめ、ロゼは人知れずため息を漏らした。
「まったく…そんな調子じゃあ一本取るなんて何年掛かることだか……」
しかしそう呟く口元はどこか楽しげに綻んでいるようだった。
と、二人がそんなやり取りをしていた、そのときだ。
「ソラ―! 大変だー!」
叫び声と共に草陰から飛び出してきたのはカムフだった。
「カ、カムフ! な、なんでここ知ってんのさ…!?」
秘密の場所がカムフにも知られていたとは今の今まで露知らず。
驚きを隠せず、顔を真っ赤にするソラ。
が、カムフはそんな彼女の驚きを他所に話しを続ける。
「そんなことより!」
「そんなこと!?」
「いや、まあまあ…落ち着いて……と、とにかくこれを見て!」
不機嫌になりそうなソラを宥めつつ、カムフは持っていた手紙を彼女の前に差し出した。
受け取ったソラは宛先の『カムフ・ブゴット様』の文字を眺めた後、差出人へと視線を移す。
「レイラ・サジェ、って……」
これでもかという程に瞳を大きくさせるソラ。
と、そんな彼女の肩にロゼの腕がずしりと重く圧し掛かる。
ソラは「う、げえ」と、女性があまり吐かないような呻き声を上げた。
「あら、誰からの便り?」
意外にも興味津々と言った様子で手紙を覗き込むロゼにカムフは笑顔で答えた。
「レイラ・サジェ……彼女は俺たちの幼馴染みなんです」




