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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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36項

   







 ロゼが稽古を付ける。

 まさかの言葉を聞いて、ソラは思わず目を丸くする。

 が、ロゼは至って本気という双眸で続けて話す。


「まあ単なる暇つぶしと言うのもあるけれど…」

(だったらさっさと村から出ていけば良いのに…)

「貴方のその醜いお遊戯を見せ続けられるのも…って思ったのよ」

「じゃあ見なきゃいいだけじゃん!」


 声を荒げて突っ込むソラだったが、あることに気付きジト目で彼を睨む。


「っていうかさ…つけてくれるって言うほど腕はあるの? ただ見てもらうだけならカムフにだって出来るし」


 肩を竦めながらソラは挑発的な口振りで反論する。

 するとロゼは軽くため息をつき、それからおもむろにコートの裏からナイフを取り出した。

 ソラが何か言うよりも素早く。彼は抜き身出したナイフをクルリと手元で回転させる。

 まるでバトンやジャグリングのように軽やかにナイフを手元で踊らせた後。

 いつの間にかその切っ先はソラの鼻先に向けられていた。


「―――どう? 見惚れても良いのよ?」


 ニヤリと不敵な笑みを見せつけるロゼ。

 一方で鼻先から下ろされていく刃を見つめつつ、ソラは静かに息を吞む。


「…だ、誰が……ま、まあ、実力は充分みたいだけど…だったら、まあ、教えて貰ってあげてもいいけど!」

「それが教えて貰う態度なわけ…?」

「べ、別に…ホントはアンタの手なんか借りなくても良いんだし!」


 顔を真っ赤にしてムキになるソラへ「はいはい」とロゼは軽くあしらいつつ、先ほど草陰に吹っ飛んでいった木刀を探しに行く。

 間もなくして戻って来たロゼはその木刀をソラへ返す―――ことはなく。


「ちょ、ちょっと…」


 受け取ろうとして虚空を掴んだソラはロゼを睨む。


「そもそも貴方は筋力不足よ。体力と瞬発力、柔軟さの素質自体はあるけれども…下半身の筋力が足りないから動きが崩れ勝ちなのよ」


 彼の言ったことは正論なのだろうと直感的に思ったソラは言い返すことも出来ず。むうっと口をへの字に曲げて不満アピールだけはする。

 しかしそんな彼女の顔芸に見向きもせず、ロゼは傍らに落ちていたバケツを手に取るとソラ目掛け投げ渡した。 


「とりあえずは今から五日間はこの川から厨房まで水汲みね」

「え…ちょ、ちょっと待ってよ。この村だって一応用水路だって井戸だってあるんだけど…」

「わかっているわ。その上で言っているのよ」


 ソラは思わず目を丸くし、しかもバケツも滑り落としてしまった。

 カランと虚しい音が森林内に響く中、それでも気に留める様子もなくロゼは踵を返す。


「じゃあこの作業に意味ないじゃん!」

「意味ならあるじゃない」


 ギャーギャーと喚くソラへ、ため息交じりにロゼはそう言い返した。


「体力づくり。それじゃあ頑張ってね」


 感情のない声援を送り、改めてロゼはその場を去っていった。

 残されたソラは暫く彼に対する不満を爆発させ続けていたが、そのエネルギーも切れてしまうと仕方がなく言われた通りに水汲みを始めた。


「―――って、これ…どこまでやったら終了なのさ…」





 ―――と、ソラとロゼのそんなやり取りを覗いていた人影が一つ。

 旅館の二階、窓際に居た。


「…やっと観念して始めたみたいだ……」


 渋々と水汲みを始めたソラの様子を眺め、安堵に胸を撫で下ろしていた人影―――もといカムフ。

 彼は深いため息をついた後、ようやくと仕事である掃除を再開させる。

 実のところ、ロゼがソラの稽古風景を目撃したとき。その隣にはカムフもいたのだ。


「けどまさか稽古をつけてくれるとは…結構意外だったな…」


 無意識にそんな独り言を洩らしつつ、カムフは破顔する。

 

「しかも俺が頼んだわけでもないってのに…」


 二人の距離が縮まってくれることはカムフとしても喜ばしいことであった。

 むしろソラの良いところもロゼの素晴らしさも知っている彼にとっては一刻も早く仲良くなって欲しいと願っていたところなのだ。


「この調子で仲良くなってもらいたいけどなあ…」


 カムフは笑みを浮かべながら誰の予約も入っていない客室へ入ると、日課であるベッドメイキングを始めた。

 






   

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