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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
285/360

35項

    







 時は夕刻。

 旅館へと戻ったロゼは自室には戻らず真っ先に書庫へ向かった。

 あれからそれなりに時間も経った。ならば掃除も終わっている頃合いだろうというのが、ロゼの予想であった。

 そして事実。書庫は見違えるほど美しく綺麗になっていた。

 ―――が、しかし。


「ったく…こんなところで寝ていたら風邪引くじゃない…」


 そう呆れ返るロゼの視線の先では、ソラとカムフが壁に並んで寄りかかり眠っていた。

 随分と疲れ切っていたのだろう。ロゼが皮肉を言っているというのに目覚める気配はなく。互いに凭れ掛かりながら心地良い寝息を立てていた。


「……幸せそうで羨ましいわ」


 と、彼は二人が眠る壁を暫く眺めた後、僅かに眉を顰めて呟いた。


「……本当、醜いものね…」


 そんな独り言を洩らしたロゼは音を立てないよう静かに踵を返し、書庫から去っていった。


 







 翌日。

 昨日は書庫の大掃除によって丸一日潰れてしまったソラ。今日は一人で村の外れに来ていた。

 村の外れ。と言ってもそこまで外れているわけではない。旅館の直ぐ裏手だ。

 

「…よし、誰も居ない!」


 旅館の裏手は手入れもされていない雑木林が広がっているだけなのだが、近くには沢が流れており水場には困らない。

 人目を避けて ()()をするには打ってつけの、彼女だけの秘密の場所だった。


「暫くしてなかったからなあ…」


 そんな独り言を零しつつ、ソラは背中に隠していた木刀を取り出す。

 木刀というよりは使い古されたボロボロの木の棒であるそれを両手で握り構える。

 と、ソラはそれを上下左右に振り回し始めた。


「ふんっ! えいっ!」


 架空の敵を想定し、空想の中で木刀を振り続けるソラ。

 兄が村にいた頃は毎日のようにチャンバラごっこをしたり、剣の稽古まがいなこともして貰ったりしていた。

 だが、兄がアマゾナイトへ入隊してしまってからは徐々に剣を振るう機会もなくなり、稽古も疎かになっていた。

 そんな稽古を今になってやろうと思い立った理由。それは―――。





「ダメだ…これじゃあまたアイツらに捕まっちゃう…!」


 そう叫びながら額に流れる汗を拭う。

 ソラにとって何よりも屈辱だったのは、剣技でちゃんと対抗出来なかったことだった。

 ロゼに助けられたということも充分屈辱ではあったが、それ以上に剣術稽古の成果(兄から教わったもの)が何一つ活かされなかったことが悔しかったのだ。

 それに、このまま誰かに守られっぱなしというのも彼女の性には合わなかった。

 だからこそ、人目を避けてこっそり稽古を再開したというわけだ。


「ていっ! ていっ!」


 無心に木刀を振り回しながら、ソラはかつて教えてもらった兄の言葉を思い出そうとする。


「ただ振り回してるだけじゃダメ…もっと全身? で振るわないと…それから…えっと……」


 しかし記憶を辿ろうとする焦りが動きを鈍らせ、次の瞬間。


「あっ…!!」


 両手から木刀がすっぽ抜けてしまった。

 ガサッという音と共に木刀は木陰の奥へと飛んでいってしまう。

 よく見ると両手は既に真っ赤なタコができ始めていた。


「痛…っ」


 思わず漏れ出た声。とりあえず水で冷やそうかと、ソラは沢の方に向かおうとした。

 その時だった。


「―――醜いわね」


 聞き覚えのある声にソラの身体は一時停止してしまう。

 恐る恐る振り返ってみるとそこには彼女の想像通り、ロゼの姿があった。

 

「な、なんでこんなとこにいんのさ!?」

「窓から見えたのよ」


 そう言ってロゼは旅館の二階を指差す。確かにそこには廊下に面した窓があった。

 小さい頃から此処を秘密の稽古場所にしていたソラにとって、まさかそんなところに目があるとは全くもって盲点だった。

 ソラは思わず開いた口が塞がらなくなる。


「あうっ…だったら何さ? 人の稽古をバカにするためわざわざ此処まで来たの?」


 不機嫌そうに頬を膨らませるソラ。

 するとロゼは笑顔―――と言うよりはいつもの勝気な笑みを浮かべて言った。


「稽古…つけてあげましょうか?」

「は?」








   

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