30項
ロゼを探し、森の中を彷徨い歩くソラとカムフ。
小川のせせらぎが聞こえなくなり山の傾斜がきつくなり始めたところで、ソラはあるものを見つけた。
「ほら、あそこ…明るいよ」
彼女が指した先。木々の合間から見えたその光は、まるで真っ暗な洞窟の出口のように白く輝いていた。
二人は何となく、その光射す方へと向かう。
辿り着いたそこは、どうやら木々のない開けた場所のようだ。
それはまるで森の中に突如現れた草原、もしくは―――。
「花畑みたいだな…」
カムフがそう呼ぶのも当然だった。二人の足下には沢山の野花が咲き誇っていた。
この山周辺で、ここまで花々が咲き乱れている場所も珍しい。幾度も山に入ったことのある二人も、それは初めて見た光景だった。
「…楽園ってきっとこんな感じなんだろうな……」
そう言ってカムフは花々や、それに集まり飛び交う蝶たちを見つめる。
確かにと、ソラも内心同感であった。これは人が勝手に入ってはいけない場所。そう思ってしまう程にそこは美しい場所だった。
しかし、そんな場所へ一足先に踏み入れていた者がいた。
(アイツ…)
一見不釣り合いそうな出で立ちであるはずの彼が、何故か画になるとソラは思ってしまう。
「ロゼさん…!」
と、カムフの呼び声でソラは正気に戻った。
慌ててカムフの方を見つめると、彼はロゼの方へと歩み寄っていくところで。急いでソラも彼の後に続いた。
ロゼはいつの間にかこの花畑の中心部で立ち止まっていた。彼が見つめる先には小さな岩があった。
歪で、何処にでもあるような、頭程の小さな岩とも大きな石とも呼べそうな石。
その周囲は特に花が咲いていた。
「それって墓石…?」
「何か…文字が刻まれてるみたいだな」
ソラとカムフはその岩に刻まれた文字に目を通す。
残念なことに長年雨風に晒され続けたその文字は読み取り憎く、ソラとカムフには解読不可能だった。
しゃがみ込んだ二人に続くように屈んだロゼは、その文字を指先でなぞりながらじっくりと眺め、そして言った。
「…アー…サガ…」
その文字は現在使用されている文字よりも旧式の文字だったらしく、ロゼの台詞から察するにどうやらそれは人の名前のようだった。
「アーサガ…どっかで聞いたことあるような名前だな…」
そう言って首を傾げて思案顔を浮かべるカムフ。
そんな彼を後目に、ソラは目を輝かせて言った。
「っていうかさ、もしかしてこれが例の日記に書かれてた墓石じゃん! じゃあこの下に花色の君が埋めた宝があるってことじゃ…」
書物によれば、花色の君はこの墓石の下に何かの石を埋めたと書かれていた。
つまり、ここを掘り起こせばその宝が見つかる。はずだった。
「そうでしょうね」
と、ロゼはそれだけ言うと踵を返し、立ち去ろうとしたのだ。
驚いたソラは慌てて彼を呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってよ! この宝を探しにここまで来たんでしょ? なのに掘り返さなくていいの?」
足を止めたロゼはため息交じりにソラを見つめる。
「私は別に埋まっている宝石を手に入れたくて来たわけじゃないのよ」
「え…?」
彼はそう言いながらゆっくりと彼女へ近付く。
間近で眺めるロゼの碧い双眸は思わず吸い込まれてしまうような美しさはあるが、何処か哀愁のようなものを帯びているようにソラは感じた。
「確かに長い年月を掛けて自然が造り出した結晶―――宝石はとても美しいわ。けれどね、美しさというのは何もそれだけじゃない…」
「い、言ってる意味が、わかんない…」
無意識に視線を逸らすソラ。
だが、本当は彼が何を言いたいのか解っていた。
素直になれない自分がつい口を噤んでしまった。
「この光景だって充分美しいでしょう?」
ロゼはそう言って周囲を見渡した。
同じくカムフも美しく咲く花々を見つめ、口元を綻ばせる。
「花色の君がどうして宝石を埋めたのかはわからないけど…この場所を選んだって理由は凄くよくわかるな。もしかしたら宝石じゃなくってこの景色をご先祖様に見守って貰いたかったのかもなあ」
カムフはそう言って力強く頷く。
「『美しいラベルや酒瓶で着飾ったものが美酒なわけではない。作り手の見えない努力の結晶こそが人々から美酒と呼ばれるようになる』―――と、私の師は言っていたわ。つまり、宝が眠ったままであるこの光景ごと、私は美しいと思ったのよ」
得意げに、不敵に笑うロゼ。
彼の言葉にみるみるうちに顔を顰めるソラに反比例し、カムフは子供のように目を輝かせていく。
「カッコイイ! ソラもそう思うだろ? な?」
「はあ?」
興奮するカムフとは反対に冷めた声を出すソラ。
「キザなだけじゃん」
彼女は口先を尖らせあしらう。
しかし、ソラの本心としてはロゼと同じだった。
宝石が眠っているかもしれないという思いが詰まった今のままが美しいのだ。
遠回しにそう伝えたかったのだろうと、ソラはロゼの背を睨みながら思う。
(やっぱり気に食わないっていうか…気が合わないって感じ……)
心の中ではそう思ってしまうソラ。
だが、ただ言葉を並べるだけの上辺ではない―――芯の通った美しさをロゼから感じ取っていた。
ロゼを認めつつある心境の変化に、ソラ自身気付いてはいないのだが。
「はいはい! ここにもう用事ないなら早く帰ろ、カムフ…!」
膨れた顔のまま踵を返し、元来た道を戻ろうとするソラ。
カムフは慌てて立ち上がり、足下に気を付けながら後を追う。
「ちょ、ちょっと待って! せっかくだから弁当食べようって!」
そう言って賑やかにその場を去っていくソラたち。
彼女たちの遥か上空では、雲一つない晴れやかな空が広がっていた。




