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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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27項

   







 旅館の前まで辿り着くと、そこではしかめっ面で二の腕を組んで待っているロゼの姿があった。

 如何にも苛立っているというその様子を見つけ、ソラのテンションはがた落ちする。


「……あのさ、やっぱ帰るってのは…だめ?」

「ダメダメ。此処まで来たんだし、それにこういう探索は気晴らしになるだろ?」


 帰さないとばかりにぴったりとソラの背後を歩くカムフ。

 諦めたソラは深いため息を吐いてからロゼのもとへと駆けていった。


「遅いわよ」


 怒りが籠っているようでいないような声。だが苛立っているのは確かなようだ。

 カムフはロゼに愛想笑いを浮かべつつ頭を下げる。


「すみません」

「日が暮れる前には戻るんだから、早く向かうわよ」


 するとロゼは早速、旅館の更に奥。エダム山へと向かう道を歩き始めた。

 さくさくと進んでいってしまう彼の後ろ姿を見ながら、ソラはおもむろにカムフの服を引っ張る。


「ねえねえ。山の探索だってのにまさかあんな格好のままなで行くの? 一応冒険家なんだし、もっとちゃんとした格好すればいいのに…」


 エダム中腹となれば、ある程度の山中散策にはなる。それなのに何の準備もなく全身黒尽くめの衣装のままであるロゼに対し、ソラは不思議そうな顔を浮かべる。

 

「まあ、あれがあの人の冒険スタイルってやつかもしれないし…人それぞれなんじゃないか?」


 そう言って一応擁護しておいたカムフであったが、内心ソラと同意見であった。

 昨夜はあんなにも目を輝かせ宝を見つける気満々といった様子であったが、その割に探索用の服装どころかそれらしい道具―――スコップの一つも持ってはいない。

 まるで散歩にでも行くかのような軽い装いなのだ。


「もしかすると…見つける云々ってよりか、気晴らしの散歩感覚なのかもな。だったら俺らもそういうつもりでいた方が良いってことだろ」


 そう言い残し、カムフはさっさと進んでいくロゼの後を大急ぎで追い駆けていく。

 残されたソラは頬を膨らまし、森林へと消えていく二人を睨んだ。


「こっちは散歩感覚じゃ困るのに…!」







 ソラたちはエダム山の山林を順調に進む。

 森林の隙間から注ぐ日差しとそよぐ風は心地良く。その澄んだ空気は心をも癒してくれる。

 鳥のさえずり、木々の揺れる音。この空間で感じる全てが、ソラは大好きだった。

 こういった場所に弁当を持ってきて、昼寝をしたり釣りをしたりして過ごすのがソラの趣味でもあった。

 賊の魔の手がなければ今日も悠々とその辺の木陰で眠りこけていただろうが、今はそれだけではない。


「こっちにはないよぉっ!!」

「わかったぁ! となると…今度はあっちの方か…」


 鳥たちが羽ばたいて逃げてしまうほどの声を上げつつ、ソラたちは森林内を捜索していた。

 辺りを見渡し、例の書に書かれてあった野の花畑を探している。

 と、ソラは顰めた顔をしてカムフへと歩み寄っていく。

 ソラに気付いたカムフは、額の汗を拭いながら尋ねた。


「どうしたんだ?」

「いや、さ。ホントにあるかどうかは別としてさ……この声で確認しあうのって、意味ある?」

「こうして声を掛け合った方が、互いの位置を確認しあえるし良いってロゼさんが言ってただろ?」

「けどこれじゃああの賊たちにだってあたしたちの位置教えてるようなもんじゃん!」


 ソラの怒声が遠くまで響き渡っていく。

 鳥どころか獣までもが逃げ出しそうな大声を張る彼女に、カムフは宥めながら言った。


「まあまあ…ロゼさんにも考えがあるわけだし」


 しかし、この()()()()()という言葉が、今のソラにとって何よりも気にくわなかった。

 確かに冒険家である以上、ロゼの方が知識も経験も豊富。ロゼを頼るのは当然だ。

 だがだからといって何でもかんでもロゼを贔屓するカムフが、ソラには気にくわなかったのだ。

 人はそれを()()と言うのだが、生憎と彼女はそんな可愛い感情に気付かず。

 ソラは何とも言えない苛立ちを、カムフの頬で八つ当たりする。


「いででっ!」

「ふーん。じゃああたしは大声出しながら向こうの方探しに行ってくるから!」


 そう言ってソラは大声で投げやりな歌を歌いながら森の奥へと消えた。

 

「なんで急にただの暴力を?」


 突然の八つ当たりにわけもわからず困惑顔を浮かべるカムフ。

 彼はつねられた頬を押さえつつ、慌ててソラを追いかける。


「って―――あんまり離れると何かあったとき困るから! 待てってソラ!」


 そこで彼はようやくとある()()に気付いた。


「ロゼさんも早く追い駆けないと……ってあれ? ロゼさんは…?」


 いつの間にか、近くにいたと思っていたロゼの姿が忽然と消えていたのだ。

 彼らしい黒色の人影どころか、辺りには生き物の気配さえない。

 カムフは今頃になって自分が独りになってしまったことに気付いた。


「うそ、だろ…」








    

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