26項
「―――初めて読みました、これ。じいちゃんが読んでたら先ず間違いなく俺にも耳に胼胝ができるくらい言い聞かせてそうなのに…読んでないんだな、じいちゃん……」
「まあ、一子相伝…ましてや口伝ともなれば何処かで伝え忘れていったしても可笑しくはないわよ。それよりも……その山の宝物について、気にならない?」
「え、いや…まあ、気にはなりますけど」
愛想笑いを浮かべつつゆっくりと頷くカムフ。
ベッドに腰を掛けていたロゼは夕食と共に持って来ていた酒瓶の詮を抜き、いつの間にかグラスにワインを注いでいた。
芳醇な香りと輝きを堪能しつつ、ロゼはグラスを傾ける。
「それで明日にでも其処へ行ってみようと思うのよね」
「へえ……て、え? 明日!?」
「そう。そこでその場所までの道案内を頼みたいの」
本をテーブルに置きながら、カムフは渋った顔を浮かべる。探検自体は嫌いではない。ましてやあのウミ=ズオが同伴とあらば喜んで道案内もしよう。
が、彼は気懸かりだったのはソラの心配であった。
いくら村周辺にアマゾナイトの警備がつくと聞かされても、村の中も安全とは言い切れない。
「けど…ソラを村に残していくのは…ちょっと……」
なるべくならば完全に安全となるそのときまで、ソラを見守り続けたい。彼女の泣き顔はもう何度も見たくないから。それがカムフの答えだった。
が、しかし。ロゼはグラスをカムフへと傾けながら言った。
「誰も貴方だけとは言ってないわよ。あの子も一緒に連れていくから」
「え、えええっ!?」
「そこまで驚くこと…?」
カムフの素っ頓狂な声にロゼは僅かに眉を顰める。
だがカムフが驚くのも当然だろう。
エダム山はシマの村の外だ。当然アマゾナイトもそこまで警備しているとは思えない。
「いや、流石に村の外ですよ? 例の男たちがもし見ていたら間違いなく狙ってきますって」
「私が一緒だもの、問題ないわよ。例の男たちだって、二度も撃退した私がいるのにまた襲ってくるほどの愚かでもないでしょうし」
いつもは必要以上に話さないロゼであったが、今夜はやけに饒舌であった。
酒が入っているせいもあるかもしれないと、カムフは思う。
「それに、心配だからこそ傍で見守りたいって気持ちは…よくわかるから」
少しばかり熱を帯びていく頬を背け、カムフは咳払いを一つ零した。
「…わかりました。じゃあ明日、ソラを誘ってきます」
「そうそう。『どうしても怖いなら無理について来なくても良いけれど、そんな臆病な真似はしないわよね』ってあの子に言っておきなさい」
ロゼはそう言って、同じ名の色をしたワインを一口飲んだ。
「―――と、言うのが昨夜の話なんだ。だからソラは嫌かもしれなけれど、一緒に来て貰っても……って、どうした?」
粗方説明し終えたカムフはソラの顔色が真っ白に染まっていることに気付いた。
まるで恐ろしいものでも見てしまったかのような、青白い彼女に疑問符を浮かべるカムフ。
「だ、だだだ…だいじょうぶ…」
「いや明らかに大丈夫じゃない返事の仕方だろ、それ」
カムフは心配そうにソラを見つめる。
が、ソラはかぶりを強く振ってみせ、歩を早めた。
「だいじょぶだから! 一緒に行くし。は、早く行こっ!」
そう言って歩く―――というより走って彼女は旅館へと向かって行く。
置いていかれたカムフは軽く頭を掻きつつ。
「そんな悪寒走らせるほど、ロゼさんが嫌なのか?」
と、深いため息を洩らしながら彼女の後を追った。
一方、ソラの心情はそんな状況などではなかった。
(花色の君の…宝物…)
丁度そんな伝承をソラもロゼに語ろうとしていた。ただしそれは彼女が昨晩頭を唸りながら考えた偽のお話しだ。
しかし、まさかそんな伝承が本当に存在していたとは。
(こんな偶然…ヤバすぎ! あたしってばもしかして作家の才能あるのかも!)
と、そういった理由で全身の肌が粟立っていたところであった。




