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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
275/361

25項

     








「昨夜の夜のことなんだ―――」


 それは夜、カムフがロゼの客室に夕食を運んだときのことだった。ちなみに旅館『ツモの湯』では通常は食堂で食事を提供するわけだが、この日はロゼの頼みで客室に運んでいた。

 カムフは夕食であるパンやシチューが乗ったトレイをテーブルへ置いた。そのとき、ロゼが不意に尋ねたのだ。


「少し聞きたいことがあるんだけど…?」

「は、はいっ…?」


 突然の質問に若干声を上擦らせてしまいながらも、カムフはロゼの傍へ駆け寄る。

 彼の手には一冊の本があった。


「これのことなんだけど」


 その本はとても古ぼけており、本というよりは冊子(ノート)くらいの薄さで。埃とシミがついた年季の入ったものであった。


「それは…?」

「この村に伝わる言い伝えや伝統の類について記されているものがないかノニ爺(館長)さんに聞いたら書庫から引っ張り出してくれたのよ」

「書庫って…云百年も大昔のよくわからない書物しかない、あの倉庫?」


 その書庫は何百年も昔の書物が大切に保管されている保管庫のようなもので。保存状態も良いことからその手の人間にとってはまさに垂涎ものの宝物庫といったところだ。

 が、しかし。ノニ爺は曰く『末代まで語り継ぐために保管しているだけ』と、やたら滅多に開けることはなかった。

 

(そのじいちゃんがわざわざこんな本を引っ張り出してくるなんて…よほどロゼさんが気に入ったのか?)


 そんなことを考えつつ、カムフは受け取った本のタイトルに目を向ける。

 本の表紙には薄れたインクでこう書かれていた。


「―――『花色の君の訪問記念日記~その6』…?」


 なんでも何百年も大昔に『花色の教団』の開祖と云われている『花色の君』がこのシマの村を訪れたときのことを記したもののようで。

 こんな田舎村にとってそれがどれだけ一大ニュースであったかが物凄くわかる一冊だった。

 その日記には『花色の君』と思われる人物がこの村に訪れてから旅館に宿泊し、そして村を立ち去るまでの一部始終、その行動や些細な発言までもが事細やかに記されていた。


「今の時代じゃ罪になるだろ、これ」


 呆れると同時に、これが自分のご先祖様であるという事実に悲しさが込み上げてくるカムフ。

 これ以上読み進めるのは一族の恥の上塗りではと、カムフはその日記を閉じようとしたときだ。


「待って。読んで欲しいのは此処なのよ」


 そう言ってロゼは最後の三頁の記述を指差した。カムフは指された文章へ目を凝らす。


「えっと―――『花色の君を案内しエダム山の中腹を目指し進んだ先、小一時間ほど歩いた先だろうか。我々は突如森の開けた場所に辿り着いた。そこは村が一望できるそ絶景の場所で、周囲には野花がまるで手入れされているかのように咲いていた。そしてその場所の中心には誰かの墓らしき石が置かれていた……』」






   *




 すると花色の君は突如、その手で墓石の下を掘り始めた。

 驚く私と従者を他所に、花色の君はある程度掘ったところで懐からとあるものを取り出した。

 指先程度の大きさで、無色透明の石。宝石のようにも見える。

『その石は?』

 そう尋ねる私へ花色の君は微笑みながら。

『大切な方から贈られた…私の宝物です』

 とだけ答えた。

 それから、花色の君は宝物だというそれをその穴に埋めた。

『本当にそれで良いのか?』

 そう尋ねる従者。

 花色の君は微笑みを浮かべたまま、『はい』と仰った。

 花色の君は続けて、

『私にはもう…このくらいしか出来ることはないから…』

 そう言っていた。

 私には何のことだか全く理解できなかった。

 だが、私はその笑顔の最中に花色の君が静かに一筋の涙を零されたのを見逃さなかった。




(省略)




 まるで神が眠るかのようなあの場所を『聖地』として崇めたいと私は申し出たが、花色の君は了承してくださらなかった。

 そもそも、花色の君は自身が聖人として人々に称えられている現状もあまり良く思っていないようであった。

『私がこの村に、そしてこの場所に訪れたということは…そのときが来るまで決して誰にも言わないでください』

『そのとき、とは…?』

 と私は失礼にも間髪入れずに不躾なことを聞いてしまった。

 だが花色の君は迷わずに答えてくださった。

『私にもわかりません。ですが、そのときが来れば…きっとこの宝物が導いてくれると思います』

 その言葉を聞いて私は、これは私に与えられた使命なのだと直感した。

 だから私は花色の君の言葉を守るべく、その時とやらが来るまであの場所を余所者には見つからないよう守ると決めた。

 だから私はあのエダム山を神が住まう山…『霊峰エダム山』と呼ぶようにした。人を寄せ付けないように噂を広めた。

 だが、後世に何が起こるかわからない。天変地異、開拓、戦争。様々な理由であのエダム山に人の手が介入してくる可能性がある。

 だからこそ、私は此処に記し残すことにした。

 こうして書き残すことが、花色の君との約束を破ることになるとしても。




 この書を読んだ子孫よ。是非とも花色の君のために、あの場所を、花色の君の宝物を守り続けて欲しい。そのときというものが、訪れるまで。




   *





        

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