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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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20項

     







 次の日。

 ソラはいつものように窓から降り注ぐ日光と鳥のさえずりによって目を覚ました。

 大きな欠伸を一つ零しつつ、部屋を眺める。

 いつもの部屋、いつもの朝、いつもの風景。

 ただ違うとすれば顔に貼り付いたままのガーゼや包帯に鈍い痛みくらい。しかしそれも昨日に比べれば随分と落ち着いたようにソラは感じていた。


「おはよう、父さん」


 階段を下りると父は食卓テーブルではなく、窓際の椅子に腰かけていた。


「ごめん今急いでご叛作るから―――」

「あ、ソラおはよう。っていうかもう昼になる時刻。寝坊だぞ」


 テーブルにはまたもや朝食が並べられており、台所の方では陽気な声を出すカムフの姿があった。

 どうやら今日も朝食の支度にやって来たようだった。


「昼まではまだ寝坊にならないの。てかまた朝食持って来てくれたの?」

「三人分作るよりは五人分作った方が楽しいんだよ」

「そんなこと言ってさ…残飯処理させてるわけじゃないよね」

「ま、まさか」


 そう疑いの目を向けるソラであるが、皿の上のサンドイッチを手も休めず頬張っていく。

 何だかんだ言いつつも、ソラはカムフの料理が村一番だと認めていたし、大好きだった。

 幸せそうな顔を浮かべて食べる彼女にカムフは笑みを浮かべつつ、紅茶を淹れていく。


「今日も用事があってさ」


 と、そう言いながらカムフの視線がソラの父へと向けられる。

 察したソラは「わかった」と言って、もう一つだけサンドイッチを口に入れた。

 そして熱い紅茶をゆっくりと飲み干した後、席を立った。


「父さん、ちょっと出かけてくるね」

「ああ…」


 顔を窓の向こうへと向けたまま、返事をするソラの父。

 

「待て」


 だが、立ち去ろうとするソラとカムフをおもむろに呼び止めた。

 急いで家を出ようとしていた焦りを悟られたのではと、ソラの心臓が高鳴る。


「…無茶なことだけはするなよ」

「う、うん」


 僅かに向けられる父からの視線。

 ソラは軽く頷き、そうして二人は家を後にした。






「もしかしなくてもさ、おじさんにその怪我のこと言ってないのか…?」


 旅館へと向かう道中、カムフが突然そう尋ねた。

 歩きながらソラは静かに頷く。


「だって聞かれなかったし」

「確かにおれにも聞いてはこなかったけど…でもだからってそんな腫れ上がった顔してるのに心配しないわけないだろ。」


 カムフの言葉は間違いなく正論であった。

 だが、それでもソラとしては父に迷惑―――というより余計な心配を掛けたくなかった。


「だって父さんさ…昔に沢山苦労して大変な目にあって…それで今ようやく静かに平穏に暮らしているんだよ。あたしもいっぱい迷惑かけてきたし…だからこれ以上余計な心配とかさせたくなくて」


 俯きながらそう話すソラ。

 カムフもソラの心中自体は痛いほど理解出来た。

 彼女の父の()()()によって大変な目にあってきたことも、それ故にソラもセイランも思い過ぎなほどに父親を大切に想っていることも。幼馴染みだからこそずっと見てきて知っていた。

 何より、気丈に笑ってみせるソラを見てしまっては、カムフもこれ以上何も反論は出来なかった。


「大丈夫だって! 怪我なんていつも作ってるんだし。もし聞かれても転んだって言えば済むからさ」

「…けど…」

「お願い」

「……わかったよ」


 カムフは仕方なくそう言った。




 そうこうと話している間に旅館へ到着したソラとカムフ。

 するとその玄関先ではいつもとは違う光景があった。深緑色の軍服を身に纏った数人の男性。

 と、そのうちの一人がソラたちに気付いた。


「お前たちはこの旅館の関係者か」

「あ、はい」

「我々は緊急通信の一報を受けて来たアマゾナイトの者だ」


 そう説明する男性にソラとカムフは目を丸くする。


「え…緊急通信って、今朝したばかりですが…」

「今朝の一報で今到着はむしろ遅いくらいだと思うのだが…ああ、それとも我々が本当のアマゾナイトか疑わしいと言うことか」


 集団の中心に居た男は勝手に話を進めると突然、自身の腕章を見せた。それも何故か自慢げに。


「この女神アドレーヌの目を意味する腕章を見れば納得もするだろう」


 確かにその腕章は紛れもなく本物であった。ソラも(セイラン)のものをよく見ていたため見間違うことはなかった。

 しかし、未だ二人が目をぱちくりさせているのは、そんな理由ではない。

 



 アマゾナイトは王都エクソルティスにある本部を中心に、東西南北の都市に支部を設けている。

 東方都市ナギサにある東方支部。西方都市トパージオンにある西方支部。北方都市タッカーにある北方支部。そして南方都市ユキノメにある南方支部となっている。

 のだが。南方支部はアマゾナイトでもいわゆる()()()という噂で有名な場所であった。それも関係してか、こんな辺鄙な村で一報を送った場合、本来の時刻より半日以上遅れて到着するのがいつものことであったのだ。

 伝達報告云々やら道のりの長さやらもあるのだろうが。そんな訳もあって、ソラとカムフはこんな早く到着するとはまさか思っていなかった。





「…それにこのような()()()()村からの連絡とあらば遅延など許し難き失態だ」


 そう言ってアマゾナイトの男性は眼鏡を押し上げる。その言動を見る限り、彼がこの中で一番偉い立場なのは間違いなさそうであった。

 が、その地位は二人の想像を超えていた。


「自己紹介がまだであったな。私は南方支部・総隊長補佐官、ジャスティン・ブルックマンだ」


 二人はより一層と目を丸くする。


「そ、総隊長補佐官…!?」

「総隊長補佐官と言えば支部では二番目に偉い人じゃないですか!」


 『二番目』を強調され、眉を顰める男性―――もといジャスティン。

 ちなみにアマゾナイトの階級順は上から『総隊長』、『総隊長補佐官』、『各部隊・隊長』、『各部隊・隊長補佐官』、『一般隊員(兵士とも呼ばれる)』となっている。


「二番目に偉い人が何でこんな片田舎にわざわざ…」


 二人の疑問に対してジャスティンは両手を腰に当て、偉そうな態度で答える。


「今でも煮えくり返る話だがな…私は元々本部にいてそれなりの地位にいたのだが。いわゆる左遷で先日南方支部へ送られてな。今日わざわざ来てやったのは、視察ついでに本部へ返り咲く功績稼ぎも兼ねてというわけだ。返り咲くためなら何でもやるこの私が来てやったのだ。ありがたく思え!」


 そう言ってジャスティンは不敵に笑う。その有り余るほどの自信はまるで後光が射しているかのようで。

 そんな彼を見てソラとカムフは改めて確信した。やっぱり南方支部ってそういう場所なんだ。と。

 呆れる二人を他所に、ジャスティンは高らかと笑いながら何処かへ歩き出す。


「あ、あの…事件の話は…」

「もう暫くこの村を視察しておきたい。事件の説明は連れの者たちに話しておきたまえ」


 ジャスティンはそう言うと何処かへと消えてしまった。二人は彼を引き留めようとはせず、黙って見送る。

 そして改めてソラは思った。


(ホント…最近変わり者ばっかり集まってくるなあ……)








    

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