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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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16項

    







 ロゼの意外な告白(カミングアウト)に暫くと沈黙が流れる。

 それから、ソラとカムフの二人は同時に声を上げた。


「えーーーっ!?」

「えーーーっ!!」


 思わず声が揃った二人であったが、そのトーンは明らかに違う。

 

「だってウミ=ズオは女だって本に書いてあったじゃん!」

「正しく言うならウミ=ズオは私の師匠…三年程前に他界した彼女に代わって、私が名を引き継いで執筆しているのよ」


 つまり、ロゼはウミ=ズオの二代目だとのこと。

 その証拠に冒険譚の最新巻は彼が執筆したものなのだという。

 カムフの強引な勧めで最新巻(それ)も読んだことがあったソラはついつい声を荒げた。


「ウソウソ! だって最新巻(それ)ってウミ=ズオの文章そのものだったよ! 別人が書いたなんて思えなかった!」

「二代目とはいえまさかウミ=ズオ本人に会えるなんて! 女神アドレーヌ様に感謝します!!」


 顔を真っ赤にして否定するソラの一方で、目を輝かせながら神に祈りを捧げるカムフ。

 と、突然部屋を飛び出すカムフ。すぐさま戻って来た彼は自身の愛読書(ウミ=ズオの本)とペンを握っていた。


「サイン下さい!」


 これまでの謝罪にも負けないほど美しいお辞儀をし、カムフはペンと愛読書を差し出した。

 ロゼもまさかこんなところにファンがいるとは―――それもオタク級の―――思わなかったようで。流石に動揺を表情に出しつつもサインを書いた。


「うわああ…家宝にします!」

「うわー…そんな家宝ごめんだって」


 爛々とするカムフの横で、白い目を向けながらソラは言った。




 ロゼの正体が冒険家のウミ=ズオ二代目だと知ったソラとカムフ。

 特にその後のカムフはすっかりロゼと打ち解け、話に花を咲かせていた。そのほとんどは冒険譚についてであったが。


「…やっぱりネフ族は目が赤いんですか?」

「そうね…私はまだ直接出会ったことはないのだけれど、充血しているわけではなく角膜が光の加減によって赤みを帯びているように見えるらしいわね。髪の青さもその濃淡は人によって様々と聞くわ。それと…ネフ族という呼び方は彼らにとっては蔑称に当たるから彼ら本来の呼び名である(イニム)と言ってあげないと―――」

「そうですよねそうですよね! あ、あと最新巻だと都市伝説系の項目もあって王都の地下には謎の地下空間が存在するとかって話も興味があって…」


 そんな感じでロゼを質問責めにしているカムフ。彼にとってそれはそれはとても有意義な時間であった。

 が、反面。始終気に食わない顔をしているのはすっかり蚊帳の外となっているソラだった。

 (ロゼ)の職業もその目的も解った。怪しむ要素は何も無いはず。

 しかし、それでもソラは彼を疑いの眼差しで見つめていた。いや、睨んでいた。


(ウミ=ズオ二代目だってのは解ったけど。だとしてもこんな辺鄙で何にもない村に来る? 今更? 怪しすぎる…これはきっと、そう! カムフをこうやって懐柔させて村に溶け込むための罠だ!)


 それはもう八つ当たりにも近い発想だった。ただただソラは頑固だった。

 彼女は自分で並べたクッキーを一人で平らげてしまうと突然立ち上がった。


「あたしもう帰るね!」


 その苛立ちも隠さずに吐き出しながらソラは部屋を飛び出していった。

 

「うん、気を付けて」


 しかしカムフは軽くそう言って手をひらひらと振るだけ。そしてまたすぐにロゼを質問責めにする。

 夢中過ぎるあまり視野が狭まっているカムフを横目に、ロゼは静かにティーカップへ口をつけ、紅茶を飲んだ。






「もう…さいっていっ!!  バカムフバカムフバカムフーーーっ!!!」


 まるで呪文かの如くそう叫び続け帰路に立つソラ。

 八つ当たる矛先はいつの間にかロゼではなくカムフへとすり替わっていた。

 近くにあった小石を目一杯蹴り飛ばし、そして駆け出していく。


「アイツの正体暴くはずだったのに…何でこんななっちゃうかな…」


 やがて彼女の憤りは孤独による寂しさへと変わっていく。


「いっつもそう…趣味に没頭すると何も見えなくなってさ……」


 そうしてカムフが構ってくれなくなる度に、幼少のソラは兄セイランに泣きついていた。

 セイランはカムフと違い、どんなに忙しくとも彼女を泣かすことは絶対にしなかった。大切に扱ってくれた。だからこそ、ソラはセイランが大好きだった。

 と、不意にセイランの面影を過らせてしまったソラは思わず足を止めた。


「兄さん…そもそもあの『鍵』って何の鍵なの? 兄さんは一体どんな任務をしてるの……」


 込み上がる感情を押さえ込むかのように、ソラは唇を噛む。

 その寂しさを埋めるため、自然と彼女の指先は兄からの贈り物であるペンダントへと伸びる。

 傷つかないよう、大切に服の下に隠してあるペンダント。


アマゾナイトじゃない(部外者の)人間だけどさ…ちゃんと教えといてくれたら…こんな気持ちにならなくて済んだかもしれないのに……」


 そう呟きながらソラは大切にペンダントを握り締めた。







    

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