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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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15項

    







 紅茶とティーカップを持って戻って来たカムフはその室内の光景に驚き、目を丸くした。

 てっきり逃げ帰ったと思っていたソラが、何故か男の部屋の中に居たからだ。

 しかもまるで借りてきた猫のようにソファに座ったまま微動だにしないで。

 一方でくつろいだ状態でベッドに腰掛けている男は入って来たカムフを一瞥した。


「御苦労さま」

「あ、お、お客さん…えっと、彼女は何故此処に?」

「貴方たち、部屋に入りたかったのでしょう? だから招き入れたまでよ」


 男の図星にカムフはこれでもかというほど目を見開き、硬直する。思わず持っていたティーカップを落としてしまいそうなほど全身から血の気も引いた。

 が、何とか意識を保ちつつ、カムフはとりあえず紅茶一式をテーブルに置く。それから一呼吸おいて勢いよく腰を曲げて謝罪した。


「すみませんでした! 悪気があったわけじゃなくって!! その…田舎に来る客って珍しくって! だからホント、好奇心というか出来心だったんです!!」


 カムフは声を荒げ、頭を何度も下げ続ける。

 

「ですからこのことは祖父には何卒内密に!!」


 ちなみに、彼の叫び声は開けっ放しのドアの向こうにまで響いてしまっていたのだが。そんなことには気付かない。

 すると男は眉一つ変えずに、紅の引かれた唇を動かした。


「―――別に些末なことよ。それだけ私が魅力的だったってことでしょうし、ね…」


 そう言って男は口角を上げる。

 予想外の、それも斜め上な返答ではあったものの。許してくれた男にカムフはもう一度深く深く頭を下げた。

 それから直ぐに起き上がり、手慣れた手付きで急ぎ紅茶を淹れ始める。

 と、その前に未だ時が止まったままのソラを目覚めさせるべく。カムフは彼女の眼前で猫だましを一発かました。


「ソラ! 早く手伝って!」

「わっ! あ、う…うん」


 ようやく我に返ったソラは何度も頷きながらソファから立ち上がり、コソコソと手伝いを始める。

 手伝いと言っても、用意された皿にお茶請けの菓子を並べるだけだ。彼女は早速手製のクッキーを編み籠から取り出そうとする。

 が、好奇心には勝てず。思わず室内を一瞥した。

 予想通りノニ爺によってベッドメイキングは終わっており、まるで使用前かの如く部屋は整理整頓されていた。そのベッドの傍らには、男の荷物だろうトランクケースが一つだけ置かれていた。


「えっと…そう言えばお客さん―――」


 特製ブレンドティーをカップに注ぎながら、おもむろにカムフは尋ねる。


「ロゼで良いわよ」


 するとそう返す男―――もといロゼ。

 彼はベッドに足を組んで悠然と座り、不敵な笑みを浮かべて見せる。

 そういえば確かに旅館の名簿にも『ロゼ』という名を書いてあったと思い出しつつ、カムフもまた笑顔を返した。


「ではロゼ…さん。ロゼさんはこんな辺鄙な村にどのようなご予定で?」


 するとロゼは少しばかり間を置いた後、答えた。


「観光よ」

「観光?」

「…珍しいですね、観光なんて。そんな有名な場所なんてここにはあまりないってのに」

 

 ついつい村を悪く言ってしまうカムフだが、実際にシマの村の名所と言えば今では南方に聳える山々かこの老舗旅館程度。十年程前ならば()()()()()で村にも活気があったものの、それも今や昔話となっていた。

 ソラはこれでもかというほど疑心に囚われた顔でクッキーを一枚一枚丁寧に、時間をかけて皿に並べていく。


(観光なんてウソウソ! 絶対何か企みがあって来たに違いない! あの鞄とか…絶対その証拠が入ってそう、絶対に!)


 そう確信する彼女は食い入るように鞄を見つめる。というよりも最早睨み付けていた。

 そんな怪しさ駄々洩れのソラへ注意するかの如く、カムフは大きく咳払いを一つ零す。


「あっはは…都会のものが珍しいみたいで…」


 カムフは何とか誤魔化そうと適当な言葉を並べては愛想笑いを浮かべた。

 不自然な二人の言動の真意を知ってか知らずか。ロゼは軽く吐息を洩らし、口角を上げて言う。


「まあ…観光と言っても、私にとってはそれが仕事みたいなものなのよ」

「仕事…ですか?」

「ええ。要はこれの題材探しってわけ」


 するとロゼはおもむろに立ち上がり、自身の鞄へと手を伸ばす。

 開かれるトランクケース。ソラは思わずつばを飲み込み凝視する。

 あいにくとロゼの背が邪魔になって中は覗けず、ソラはがっかりと項垂れる。

 だが、その代わりに彼は鞄から一冊の本を取り出した。

 と、その本を見るなり目の色を変えたのはカムフだった。


「あーっ!! ウミ=ズオの冒険譚! しかも幻の第一巻じゃないですか!!」


 相手がお客様だということも忘れてカムフは大声で、本を指差しながら叫んだ。

 彼の豹変した様に驚くソラとロゼだったが、ロゼの方は直ぐに破顔して言った。


「へえ、これを知っているの?」

「勿論ですよ!」


 前のめりに拳を突き出すカムフ。


「俺ファンなんですよ! 『作物も育たない荒野に住む集落!』とか、『滅ぼされたはずのネフ族は未だ存在するのか!?』とか。ウミ=ズオの冒険って王国では禁忌扱いされている事情なのに事細かに記してて。もう好奇心を掻き立てられるというか、眼を閉じたら妄想出来ちゃうっていうか、そんな場所があるんだってホント興奮しちゃうと夜も眠れなくなるんですよ!」


 鼻息を荒くさせながら口早にその魅力を説明する姿は、最早オタクと言ってもいいだろう。


「で? その本がなんだってのさ?」


 興奮冷めやらぬカムフをおいて、ソラが代わりにずずいと身を乗り出して尋ねる。

 ロゼは本をテーブルの上に置き、代わりに淹れたてのティーカップを手にとって言った。


「それを書いたの私なのよ」








    

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