13項
「ソラってさ、いつも考えてないようでこういう変なことは考え過ぎだよな…」
間接的な悪口。そして自信があった推測をカムフに否定されて、ソラは不服とばかりに顔を顰める。
「変なことじゃないし! カムフだって妄想とか大好きじゃん」
「妄想好きと変なことを一括りにするなよ。そもそも、俺は妄想なんてしてないし」
そう反論するカムフ。
するとしかめっ面のままでいるソラはおもむろにエントランスのフロントに向かい、其処に置かれていた一冊の本を取り出す。
何度も読み返されたのだろう擦り切れた表紙のボロボロの本。それには『ウミ=ズオ冒険譚2』という題名が書かれていた。
「こんな本読んでる時点でヤバいくらいの妄想好きじゃん」
「いやいや、何言ってんだよ。ウミ=ズオの冒険はロマンの結晶だろ。そもそも現実の出来事だって書いてあるし」
「ウソウソウソ。だってあたしも読んだけどさ、『この大地には未知なる神秘がまだまだ存在する』とかってヨォリのこととか、砂嵐の荒野にある村とか、この大地の端っこには大きな塩湖があるとか。変なこと書いてばっかりじゃん」
アドレーヌ王国には金髪碧眼のクレストリカ人種、黒髪黒眼のムト人種、茶髪鳶眼のジステル人種の三人種が大半を占める。そして多少の色違いや混同とは別の髪の色、眼の色といった特徴や異文化を持つ種族をアドレーヌ王国は『少数民族』と総称している。
ヨォリとはこの『少数民族』に対する蔑称のことだ。彼ら『少数民族』が何故そのように蔑まれ排除される存在となったのか。その原因は、嘗て『少数民族』が歴史に刻まれる程の大惨劇を起こしたためだ。
数多の被害、悲しみと憎悪を生んだその惨劇は何百年と経った今でも『少数民族』は繰り返そうとしている。未だ争おうとしている。ソラたちはそう伝え聞いている。
それ故にソラも『少数民族』と呼ぶことに何ら疑問も躊躇いもない。
しかし。国外追放され淘汰されながらも、争いを望まなず平穏を望む『少数民族』も少なくはないという。
『ウミ=ズオ冒険譚』という本はそんな少数民族たちの現在についてや、他にも王国外の未踏の地を冒険し出会った自然現象や光景についてを綴っている本だった。
「変なことじゃないって、立派な体験談だろ?」
「写真やスケッチが載ってるわけでもないし、ただの妄想話のでっち上げだって噂じゃん。その証拠に発売されても直ぐに販売禁止なっちゃってるし」
ソラの言う通りウミ=ズオの執筆した書は、そもそも一般人は立ち入り禁止とされている王国外について書かれている。その実態を調査した者は他におらず、そのため学者たちは事実無根の絵空事だと断言している。
だがそれでも、彼女が書く見たことも聞いたこともない世界観はカムフのような想像力豊かな若者には刺激的で。感化される者も少なくはない。
それ故、王国はウミ=ズオの著書の全てに『禁書』という烙印を押した。
ちなみにカムフはウミ=ズオの本が王国に没収されるより前に、セイランに頼んで購入していた。
「兄さんだって絶対迷惑してるんだからさ、もう頼んで買わせないでよね!」
「そこで何でセイランさんも出てくるんだ? まあ、ソラにはウミ=ズオが書くロマンがわからないからそう言えるだろうな」
「ロマンくらいあたしだってわかってるよ。村娘を助ける王子様の物語とかさ…」
「真っ黒魔女とか?」
「それはロマンじゃない!」
と、そんなこんなで本題から話は逸れていいき、気付けば二人はくだらない雑談に花を咲かせていた。
そして気付いたときには日が昇りきった時刻―――正午を過ぎていた。
「―――話は大分逸れてたけれども! とりあえずあの奇人男の素性を探って…それで白だったら謝罪とお礼ってことで良いでしょ?」
「あ、ああ…しょうがないな…」
ソラに強引に押し切られ、渋々頷くカムフ。
彼女はどうしてもあの奇人男の素性を知りたかった。謎の二人組と繋がっているにしろ、しないにしろだ。もしかすると例の『鍵』について何か知っている可能性もある。
何よりソラの女としての勘がそう告げていた。知っておいて損はない、と。
カムフとしては客人にあまり迷惑な行為はして欲しくない。
のだが。結局は先述の通りソラに強引に押し切られてしまった。
「だからってさ…この作戦はかなりヤバいと思うんだけど…プライバシー侵害だし他にも―――」
「一度やるって頷いたからにはカムフも共犯! それよりノニ爺と奇人男が来る前に早く急ごうよ!」
そう言ってソラはカムフから強引にマスターキーを奪い取る。つまり、彼女たちはこっそり奇人男の客室に潜入して探るという手段を選んだのだ。当然ノニ爺には内緒で。
「わ、わかったからあんまり大声は出さないでって…」
カムフは唇に食指を当てながら、何処か楽しげに階段を上っていくソラの後を追いかけて行った。




