12項
「うーん…じゃあソラは倒れてたからあのお客さんが男たちをどう追い返したかまでは見てないんだね」
「むっ…倒れてたって言っても気を失ってたわけじゃないからね! ちょっと…腰が抜けてただけ…!」
「腰抜かしたってのもあんま大きな声に出すようなことじゃないと思うんだが…」
再度説明を聞き終えたカムフはソラのふくれっ面を後目に唸り声を上げる。
今の今まで平穏だった村にやって来たという賊、悪漢の二人組。それも村ではなく、一介の田舎少女であるソラだけを狙ったという不可解な話が妙に引っかかっていた。
(緊急通信でアマゾナイトに通報しても良いけどイマイチ信憑性が低いっていうか…やっぱあのお客さんからも事情を聞いてみないとだけど…あのケンカのせいで昨日は聞きづらかったしなあ…)
ちなみに緊急通信とは、アマゾナイトの駐在所がない町村に一つずつ設置されている通話装置だ。各々の村から一番近いアマゾナイト支部に連絡が行くような仕組みになっており、これもまたエナ技術の賜物だった。
が、しかし。通報しようにもちゃんとした証拠―――襲われた形跡や奪おうとした目的や金品がないとアマゾナイトもこんな田舎村へ足を運んでくれないだろう。と、カムフは顔を顰める。
「ねえ、どうしたのさ?」
「あ、いや……本当にソラは襲われた理由を知らないのか?」
「え…?」
「ほら、通りがかったときに挑発しちゃってた、とか」
カムフの言葉を聞くなり、ソラは顔を顰めて大声を出す。
「だ、だーかーら! いきなり襲ってきたんだってば!」
そう言ってソラは真っ赤になった顔を背ける。
この態度に関してもカムフは引っかかった。
幼馴染みである彼女との付き合いは長い。故にこういった時は、隠したいこと以外は全て包み隠さず話してくれることを知っている。
だからこそ、カムフはソラの少しばかりのぎこちなさが気になっていた。
(…こういうとき、いつもならあーじゃないかこーじゃないかって言ってくるんだけどな。このムキになる感じだと……もしかして、兄さん絡みか…?)
そこは半ば勘のようなものではあったが。
それに仮にセイラン絡みで襲われたとなれば、それはそれでアマゾナイトが黙ってはいないはずだ。
(そもそも、セイランさんならソラが狙われるようなことは先ずさせないはずだ。前も数人のアマゾナイトがしばらくソラの周囲をパトロールしていたこともあったし…)
しかもソラはそのことを知らない。気付いてもいない。
周りから見れば大げさだと呆れ果ててしまうのだが、カムフから見れば『こういった兄妹』なんだと納得してしまっていた。
愛が深いからこそ、互いを想うからこそ、何も相談し合わない。父でさえ絶対巻き込もうとはしない。そう言った似た者兄妹なのだ。
(そうなるとセイランさん絡みでもないってことか…?)
こうしてカムフの考察はいつの間にか振り出しに戻っていた。
「とにかくさ、今度こそ落ち着いて、ありのままに、話したんだし信じてくれるでしょ?」
暫くカムフが思案顔を浮かべていると、我慢できずにソラが口を開く。
未だ憤りを見せる彼女へ、カムフは頭を捻りながら答えた。
「まあ……一応、助けてくれたお客さんにも話を聞いとかないと。それに謝罪とお礼も」
途端にソラの顔がこれでもかというほど歪む。
「やだ!」
「え、わがまま?」
「なんか色々気に食わないし! そもそも、あの変わり者だって怪しくない?」
ソファから立ち上がるなりそう言い放つソラ。本来はもう少しフレンドリーな性格ではあるはずなのだが。相当最悪な出会いだったのが要因なのだろうと、カムフは呆れたため息を洩らす。
「変わり者って…ちゃんと名前があるんだから」
「別にあたし聞いてないし。じゃあ奇人男でいいでしょ」
「意味変わってないから…」
宥めるカムフを他所に、ソラは彼の鼻先へ指をさしながら叫ぶ。
「とにかく! アイツはぜぇーーったい!! 何かあるって!!」
「そうかあ?」
「そうなの! もしかすると……そう、アイツが実は賊の黒幕とか!」
突拍子もないことを勇ましく断言するソラ。その握り拳からは炎が吹き出ているかのような気迫だ。
片やカムフは根も葉もない彼女の言葉に目を丸くする。
「あたしを襲うよう男たちに頼んどいて、それであたしを助けたことを良いことに取り入ろうとしているんだ! そうだ、間違いない!」
「あのなあ…そんな小芝居したとしても、何でソラに取り入ろうとするんだ? そもそも取り入ろうとしている人がソラの怒りを逆なでするような発言なんかするか?」
謎は解けたとばかりに意気込んでいたソラへカムフは水を差す。
呆れ顔で見つめるカムフに、ソラは少しばかり言葉を詰まらせてから言った。
「それは……じゃあ本人から聞けばいいじゃん!」
当然といえば当然の回答。
謎の男二人組のことも、謎の客人の正体についても。全ては当人たちに聞くのが一番手っ取り早い。
「そう言ってたぜ、おれは…」
思わずカムフはため息を吐いた。




