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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空
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10項

 







 暫くして、客室へ案内をし終えたカムフがエントランスに戻ってきた。

 未だご機嫌斜めであるソラはソファにだらけて寝そべりながら迎える。


「どーだった…?」


 ヤケ酒ならぬヤケ水をしつつ尋ねるソラ。

 すっかり拗ねてしまっている幼馴染みに苦笑を浮かべつつ、カムフはソラに近付く。


「話しとかしたけど、別に悪い人って感じじゃなかったな…てか、そこまで不機嫌なるかほどか?」

「なるよ! なるなる! 見た目も態度も最っ悪過ぎだもん!」


 ソラは頬を膨らませ、未だ治まらぬ不満を爆発させる。

 そんな彼女を見つめ、ため息をつくとカムフは彼女の向かい側の席へと座った。


「ちなみに、暫く滞在するって言ったぞ」

「マジで!?」


 カムフの言葉にソラは目を丸くさせ、思わずソファから立ち上がる。

 その勢いのまま、テーブルを両手で大きく叩き、カムフへと顔を近付けた。


「マジもマジ…っていうか、一応お客さんなわけだし、あんまり毛嫌いされると困るんだけどな…」


 もう一度吐息を洩らしつつ、頬を掻くカムフ。

 ソラは幼馴染みであるものの、たまに旅館の経営も手伝っている。それに見合った給金も支払っている以上、嫌悪感駄々洩れの言動は慎んで貰いたいところであった。


「そもそも…さっきの話だと、あの人が例の賊から助けてくれた人ってことなんだろ?」

「そ、それは…」

「また出会ったんだから、今度はちゃんとお礼と謝罪、しないとダメだろ」

「う、ええ…」


 先ほどまでは半信半疑だったが、ソラが言った通り―――に近い外見の人物が登場したことで、彼女の話しはまんざら嘘ではないと受け入れ始めるカムフ。

 客人であるあの青年からも事情を聴く必要はあるだろうが、とりあえず『迷惑を掛けた』という事実だけは確かだった。


「今日はお互い疲れているだろうし。だから明日、な?」

「うぅ…」


 不満な声で唸るソラをそのままに、カムフは席を立つと食堂の方へ向かっていった。

 先に夕食の準備を始めているだろうノニ爺のサポートをするため、行ったのだろうと、ソラは口先を尖らせる。


「あんな変わり者に何で謝んないといけないのさ…やだなぁ」


 そんな愚痴を洩らしつつ暫くその場に居座っていたソラだったが、空色が夕暮れへと変わり始めたため、渋々と旅館を後にしたのだった。








 旅館がある村の外れから真逆の方角。そのまた村の外れにポツンと建つ一軒家。

 そこがソラの実家であった。


「ただいまー」


 ひんやりとした空気。静まり返った室内。

 ソラの父は鍛冶師を生業としており、そのため彼女の家は入って直ぐが店舗となっている。店内には鞘に納められた剣やナイフがいくつか並んでいた。

 鍛冶師、と言っても最近は古傷が痛むせいで、打つことはほとんどなく。最近は村の刃物を研ぐ仕事の方が多いくらいだ。

 それでも父が打つ刃は()()()()()からとても人気が高く。こんな辺境の地でも遥々仕入れに訪れる商人も少なくはない。

 王都でアマゾナイトとして勤める兄からの仕送りもあるため、ソラが生活で困るということはほとんどなかった。





「父さん、またそこに居たんだ」

「ソラか…思ったより早かったな」


 店舗から更に扉一枚奥へと進むと、そこが居住スペースとなっている。

 リビングでは窓際の椅子に座るソラの父の姿があった。

 その片手には杖を握り締め、夕暮れの風に当たって涼んでいるところのようであった。


「あんま冷たい風に当たってると足の傷に響くよ」


 ソラは苦笑を浮かべながら父を横切り、窓を閉めた。


「これくらいの風では早々痛まん」


 そう言って父もまた苦笑を浮かべて返す。

 と、席を立ち上がろうとする父を、ソラは慌てて制止した。


「ああ、待って。あたしが代わりに持ってくるから」


 そう言うとソラはテーブルに置いてあったグラスを手に、それを父へと渡した。


「…すまない」


 受け取った父はそれを静かに口にした。




 こうして平然としてこそいるが、ソラの父は前の職で負った傷によりあまり良い容態ではない。杖がなくてはまともに歩けない生活を送っている。

 そんな父を一人にするわけにはいかない。ソラがアマゾナイトに就いた兄セイランを追って行かなかったのには、そういった理由もあった。

 勿論、父も共に王都へ行くという選択肢もあったわけだが。療養に生まれ故郷のシマ(この)の村を選んだ父の思いをソラは無視出来なかったのだ。


「カムフくんのところには寄らなかったのか…?」

「う…うん」


 いつものソラは村に帰るなりカムフのところへ行き王都での感想―――といっても大体はセイランの自慢話なのだが―――をしこたま語ってから自宅に戻って来る。

 夕暮れが過ぎて、夜中に帰宅することもよくあるほどだった。


「なんか…急なお客さんが入ったみたいで、忙しそうだったからさ。帰って来た」


 嘘は言っていない。そう思いながらソラは近くの椅子へとおもむろに腰掛ける。


「まあだから今日は父さんに王都の報告でもしようかなって思ってさ」


 と、ソラはあることを思い出し、急いで鞄を取り出した。


「そうそう! 兄さんから頼まれた物があるんだった」


 そう言って彼女は鞄からセイランに頼まれた硝子瓶を取り出した。

 先刻あれだけ走り回っていたため割れてはいないかと一瞬ヒヤッとしたが、何枚ものハンカチを丁寧に巻き付けていたためヒビ一つ入っておらず。とりあえず胸を撫で下ろす。


「これを父さんに渡すようにって…」

「成る程…そうか」


 受け取った父は僅かばかり顔色を変えたものの、直ぐにいつもの仏頂面に戻り、小さく頷いていた。


「じゃあ王都での報告する前にちゃちゃっと夕飯作っちゃうね」


 ソラはそう言うと席から立ち上がり、台所へと向かう。ちなみに今日の夕食は燻製肉と庭園で育てた野菜の炒め物にしようと考えていた。

 野菜を取りに庭園へ向かおうとするソラ。

 と、突然父が呼び止めた。


「ソラ」

「うん?」

「………おかえり」


 振り返り、父を見つめる彼女は満面の笑みを浮かべて言った。


「うん、ただいま」


 その笑顔に返すように、父もまた微笑みを浮かべる。

 至って穏やかで、何気ない日常の風景。

 そうして夕食を食べ終えた頃には、ソラは今日の出来事―――賊に襲われた恐怖や変わり者への苛立ちといった感情は、すっかり消え去っていた。

 だが、また明日になればあの失礼極まりない変わり者と会うかもしれない。

 あの二人組も諦めずにまた襲ってくるやもしれない。

 また、嫌な思いをするかもしれない。そう思うと胸のざわつきは拭えない。

 不意にソラは就寝前に例の木箱を一瞥する。

 セイランから託された『鍵』と思われるその箱は、ソラの寝室の、本棚の一角に置かれていた。


(でも絶対に、兄さんとの約束は守らなきゃ……あ、でもでも、父さんとカムフには迷惑掛けないようにしないと…絶対に喋らないようにしない、と……)


 そんなことを考え思い耽っているうちに、気付けばソラは布団の中で眠りについていた。







 

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