2項
少女はアドレーヌ王国、王都エクソルティスで働く兄のもとへ遊びに行っていた。
遊びに、と言っても兄への差し入れを渡すだけの単なる用事だ。
しかし彼女にとっては久しぶりに兄と会える数少ない機会。その嬉しさの余りについつい『遊びに』と呼称しているほどだった。
この日も少女はいつものカフェで兄と待ち合わせており、テラスの向こうから見慣れた軍服姿を見つけると騒がしく両手を振った。
「兄さん! こっちこっち!」
と、少女の言葉に笑顔で手を振って返えしてくれる気さくな兄。
少女もまた満面の笑顔になれば、思わず席を立ちあがって兄の傍へと駆け寄った。
「三か月ぶりだな、ソラ。また少し大きくなったんじゃないか?」
ソラ、と呼ばれた少女は自分よりも高身長の兄を見上げる。
すると温かな彼の掌がソラの頭に触れる。いつものように優しく撫でてくれる。
「残念ながらもう16だし、成長期はとっくに終わったよ」
「そうか?」
至って普通の、大したことのない雑談。
だがそれでも少女―――ソラにとっては幸せのひとときで。兄も同様に幸せに満ちた表情をしている。
ソラは兄を溺愛していたし、そして兄もまた妹を溺愛していた。
カフェの椅子へ腰掛けると、兄はコーヒーを注文する。
ソラはその様子を眺めながら、既に注文していたオレンジジュースを飲んだ。
彼女はウエイターが去っていくのを確認するなり、早速テーブルの上に荷袋を広げた。
「はい、これ! 兄さんが頼んでたものと…お土産ね!」
荷袋の中には兄が事前に手紙で頼んでいた書物が数冊と、鍛冶の腕に覚えがあるむ父が託した武器用の砥石。
そしてソラが好意で入れた村の採れたて野菜などが入っていた。
中身を確認すると兄は、少女へ目線を合わせて軽く頷く。
「いつもすまない、ソラ」
ソラは口角を上げながら、首を左右に振った。
「良いの良いの! 兄さんの頼みなら例え火の中水の中だもん」
と、兄はおもむろに手提げ鞄をテーブルに置くと、何やら中身を漁り出す。
「実はね…今日はソラにプレゼントを用意してきたんだよ」
「プレゼント!?」
プレゼントという言葉を聞くなりソラの目が輝く。
兄はよく、寂しがり屋の妹のためにと定期的にプレゼントをくれる。それも売り物ではなくわざわざ手作りのものを用意していた。
その方がソラもとてもよく喜ぶからだ。
「前回は木彫りのネコだったから…」
「あれはイヌだよ」
「じゃあ今回はクマ?」
「残念ながら。今回は木彫りじゃないんだ」
そう言って兄が鞄から取り出したのは―――何処にでも売っているような、質素なペンダントだった。
だが、質素とは言えトップに飾られている透明色の天然石は一際目を惹く輝きを放っていた。
「うわっ凄い! 綺麗…あ、でもこれ…高かったんじゃ…?」
ソラの心配は直ぐに金銭面へと向けられる。
家の暮らしが貧しいというわけではないのだが、つい気になってしまうのが人の性というもの。
すると兄は口角を上げながら「まさか」と笑った。
「残念だけど何処にでもあるような鉱石なんだ。一応珍しいものてはあるけれど…こういうのは嫌だったかな…?」
「そんなわけない!」
兄の質問にソラは勢いよくかぶりを左右に振り回す。
その様子に安心した兄は、静かに吐息を漏らしながら「良かった」と、微笑んだ。
「ありがとう、兄さん…大切にするね!」
ペンダントを受け取るとソラはそれをまじまじと眺め、思わずため息を漏らす。
お世辞にも手先が器用とは言えない兄が、丹精込めて作ってくれたペンダント。それだけでもう、ソラにとっては一勝の宝物だった。
「それと…他にも渡す物があるんだ」
そう言って兄は更に別のものを鞄から取り出した。
次に出したものは小さな箱と、硝子製の瓶だった。
「これは?」
ソラは首を傾げながら尋ねる。
すると兄は先ほどまでの穏やかな表情とは打って変わって、真剣な顔を浮かべて言った。
「まずこれは父さんに渡してくれ。それだけで父さんも解ると思うからさ」
兄はそう言うと硝子瓶をソラへ手渡す。
指先程度の長さのお洒落なボトル。その中には透明な液体が揺らめく。
何か薬液が入った瓶―――ただの飲み薬だろうと思われた。
「もしかして父さんの薬?」
「…そんなところだよ」
そして今度は小さな箱の方を手渡す。
何処が上下か前後なのかもわからない、何の変哲もないただの木箱。
軽く揺らしてみると、何かが中でカシャカシャと鳴っている程度だった。
ちなみに中身は金属だと思われた。
「こっちの方はソラ個人で預かっていて欲しいものなんだ」
「預かって欲しい? って…父さんには渡さなくて良いの?」
「ああ。他の誰でもなくソラに頼みたいんだ。そして…決して誰にも渡してはいけない」
「ちなみに…何が入ってる、かは…?」
「…それは聞かないで欲しいかな」
そう告げる兄は眉を顰めており、如何にも軍人という顔をしていた。




