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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
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69案

     








「貴方の推察通り…私はあの大事故が大事件であることを知っているのはね…王国の関係者、だからなのよ」


 ゆっくりと歩く女性は再度、女神が眠る結晶体へと触れる。

 彼女にも懺悔を聞いて貰うかの如く、女性は静かに瞼を伏せる。


「…私は王国の下でエナ技術の研究をしていたの。『花色の教団』も認める次世代エネルギーを、未来の為、王国の為と思って研究し開発し続けたわ。そしてそんな矢先……今回の大事件で…反乱組織が使ったものとは別の兵器による傷痕が、一部の亡骸から発見されたわ」


 女性は大事件の惨状を目の当たりしたわけではない。

 全ては後に駆け付けたという国王騎士隊の報告書で知ったものだった。

 その報告書によれば国王や数名の兵士には、反乱組織が持ち込んでいた砲弾とは別の―――小型の弾痕が発見されたという。

 その無数の小さな弾撃が国王に致命傷を与えたとも、それには書かれてあった。


「恐怖を覚えわ……だってそれは、私が造った連射砲と…同じ弾痕だと…直ぐに気付いたから…」

「なっ…まさか…あれが……」


 青年の驚いた様子からして、彼にもその弾撃に心当たりがあるようだった。

 女性はそんな彼の表情を見ずに話しを続ける。


「獣狩りに必要なのだと…何の疑いもせず言われるがままに、それが王国の為ならばと思って…私は渡された設計図通りのものを…あんな悍ましいものを造ってしまったの…」


 女性の声が、震え始める。堪えきれず、何度目かの涙が零れ落ちていく。

 激しい憎悪を、復讐心を、最初から彼女が持ち合わせていなかったのは、むしろ自分が復讐されても当然だと、思っていたからだった。

 楽な道へ逃げたいと願っていたのは、彼女もまた同じであったのだ。


「…その事実を、国には…?」

「事実に気付いて直ぐに告発しようとしたわ。けれどね、その前に私は命を狙われたの…私自身はどうなってもいいけれど、甥っ子にまで危害が及んでしまいそうになって…それでね、知り合いの方に頼んでこの王都…いいえ、王国から逃げることにしたのよ」


 女性が今も此処にこうして立っていられるのも、全てはその甥っ子のお陰でもあった。

 たった一人の肉親である最愛の姉が託してくれた甥っ子。

 そんな子を独り残して逝くなど、それこそ女性には到底あり得ない選択肢だったのだ。


「私を口封じに消すつもりなら、何が何でも逃げ延びて生き延びてやるって。そうして甥っ子をちゃんと育てようって。これが私の償い方なんだって…そう、思うようにしたの」


 伏せていた瞼を開け、振り返った女性はそう言って青年に微笑みを浮かべた。

 青年はその驚きに言葉を失っているようだった。それは無理もない。彼女が造ってしまった兵器によって失われた命は、国王や兵士だけではなないはずなのだから。

 

「―――やはり…貴女は強い人です。僕には到底真似出来ない程に…」


 しかし、暫くしてから口を開いた青年は、そう言ってぎこちなく笑って返してくれた。思うところもあるはずなのに、それを口に出すことはなかった。

 女性は青年へと近付き、再度微笑みながら言った。


「貴方も…守りたいと、縋れると思うものが出来ればきっと、強くなれるわ」

「僕にはもう…何も…残っていませんよ……」

「そんなことはないわ。此処にあるじゃない」

 

 俯く青年の胸元へ、女性は()()を押し付けた。

 恐る恐る受け取った青年。()()は先ほど彼が渡した手紙であった。


「貴方と私には、他の誰も知らない守るべきもの(真実)を持っているわ」

「王国が隠した…この大事件の真相……」

「そう。闇の中に隠されようとしている真実……今はまだそれを明るみに出す時ではないとしても…いつか絶対その時はやって来るわ。だから、私たちはその時の為に書き記し伝え紡ぎ残していかなくてはいけない…でないと―――」


 そう言ったところで、女性はその先の言葉を噤んでしまう。

 僅かに首を傾げる青年であったが、何となく手紙の内容は察したようだった。


「……わかりました。それが、僕に科せられた『贖罪』なんですね」

「ええ、そしてそれが『復讐』ともなる」


 その言葉に青年は真っ黒く染まってしまった瞳を大きく見開く。

 

「だって貴方の『復讐』は、本当は終わっていないはず…だからそんな顔しているのでしょう? ……だから、私たちと一緒に来てくれないかしら? それに、幼い甥っ子と二人での逃亡生活も何かと問題もあるでしょうから…」

「…それが貴女の『復讐』ならば…僕は…貴女の言葉に従うだけ、です…」


 青年はそう言うと静かに手紙を懐へと戻す。

 と、そんな彼の前へ、女性はおもむろに自身の手を差し出した。

 

「自己紹介…まだだったわね。私はリーシャ。リーシャ・ヒルヴェルトよ」

「ヒルヴェルト―――そうか、貴女は……」


 リーシャ、と名乗った女性にも届かないような、小さな囁き。

 青年はその気配を察したのか、戸惑いながらもゆっくりと、その掌を差し出し返した。


「……僕は、ヤヲと言います」





 差し出してくれた青年―――ヤヲの手を、リーシャは優しく握った。

 戸惑うヤヲだったが、ぎこちなく彼女の手を握り返す。

 それは、黒のみとなった世界に射した、一筋の新たな光だった。

 その光がどれほど過酷で残酷だとしても、今度こそ逃げないと、諦めないとヤヲは誓う。

 彼にとってこれが新たに科せられた『復讐』であり、失わせてしまった者たちへの贖罪なのだから。

 そうして、ヤヲはリーシャに手を引かれながら、静かにその道を歩き出していく。

 青も、紅も。白も、黒も無い…復讐(未来)のために―――。


 






~第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳~  完







     

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