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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
243/360

65案

     







 明朝。ヤヲは老婆に悪いと思いながらも、その家を静かに出て行った。

 このままお世話になることも充分可能であっただろう。

 だが、万が一国王騎士隊やアマゾナイト軍が再び訪れたとき、反乱組織の人間であった自分と一緒に居ては彼女に迷惑をかけてしまうと思ったのだ。

 音を立てないように、周囲にも気を配って。彼は外へと出て行く。

 そこで、ヤヲはようやく自身の不自由さに気付いた。

 どこまで見渡しても、そこは暗闇ばかりで。

 人がいるかどうかも、目の前に壁があることすら気が付けない。


(こんな世界を…彼女はずっと見ていたのか―――)


 最後に見た、彼女の姿が、微笑が。周囲の光景の変わりに、ヤヲの瞼の裏に焼きついていて離れないでいた。








 ヤヲはとりあえず王都を目指し、歩き出した。

 反乱組織(ゾォバ)の生存者は本当にいないのか。本当に誰も生き残っていないのか。

 それを確かめ、確認するために。

 しかし、そう思い進む反面、彼の中で答えは既に決まっていた。最悪の結末を、想定していた。


(仮に仲間が逃げ延びていたならば…国王騎士隊やアマゾナイトはもっと血眼に探しているはず……なのに僕の存在さえ見過ごしている辺り、もう生存者はいないと思い込んでいるようだ……)


 本当に、誰もいなくなってしまったのだろうか。

 否。一人確実に生存している心当たりはある。チェン=タンだ。

 彼は計画実行の直前にニフテマへ戻ると言っていた。

 彼に会えば他の生存者について知ることも出来るだろうし、この計画の真相も何か知っているかもしれない。





(―――いいや。彼に会うのは危険だ…)


 ヤヲはこの眼で見た。あの男が犯した悍ましい研究、実験に。

 仲間を、同じ人を実験の道具としか思っていないようなあの結末を。


(あんな男が逃げ延びた仲間を匿うとも思えない…むしろ今頃あの住処から姿を晦まして、別の場所で実験を繰り返しているに違いない…)


 確証はなかったが、ヤヲにはそう思えてならなかった。

 何せあの男には後ろ盾があった。

 あの男がへこへこと頭を下げこびへつらう程の後ろ盾の男―――全身真っ白な仮面の男。


「あ…」


 と、ヤヲはあることを思い出す。

 

『………もしも、貴方の目が無事であったなら…最後に私の懺悔が詰まった手紙を読んで……?』


 何が書かれているのか…計画の真相か、はたまた彼女の純粋な想いか。

 だが、今の彼には最早確認することは難しかった。

 暗闇に飲まれたその双眸では、読むことも出来ず、組織について書かれているとなれば読んで貰うことも躊躇われた。


(いや…いっそのこと読んで貰った方が気も楽になるかもしれない…)


 ヤヲはおもむろに懐の手紙へと手を伸ばす。

 するとその拍子に手紙とは別の何かが懐から落ちていった。

 慌てて拾い上げたそれは、ヒルヴェルトに託されたペンダントであった。

 仇敵に託されてしまった戒めの、約束のもの。

 

「もう僕には…こんなものしか残っていないのか……」


 復讐も成せず、帰る場所も仲間も失い、それなのに自分は生きている。生き延びてしまっている。

 そんな彼の手元に残ったのは、手紙とペンダント。それだけしかない。

 その悔しさに、腹だたしさに、怒りすら感じてしまうヤヲ。


(…くそっ…くそっ…!)


 ヤヲは思わずペンダントを振り上げた。

 そのままそれを投げ捨ててしまいたかった。捨ててしまえばどれだけ楽だったろうか。

 だが、彼はそれを捨てることは出来なかった。


『絶対に生きて帰って来て!』

『貴方には…心の底から、生きていて欲しいって思ってるから…』

『……それが…私の、せめての贖罪……』

 

 暗闇だけとなったその世界で延々と過り続ける、彼女たちの顔、言葉。

 まるで眩い太陽のような彼女たちの姿が、温かくて苦しくて、悲しくてありがたかった。

 しかし、今此処でそのペンダントを捨ててしまったら、そんな彼女たちをも捨ててしまうような気がしてしまったのだ。

 彼にとってそれは唯一縋れる罪の証となっていた。


(今はまだ…そのときじゃない……)


 そう思い直し、ペンダントをしまい直すとヤヲは当てもなく、彷徨い歩き出した。







    

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