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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
242/360

64案

    







 ―――真っ暗な。漆黒の闇。

 目覚めて最初に見た光景はそれだった。

 しかし、瞼を開けた感触があっても、辺りを見渡しても、どこまでいっても闇は続く。

 そうして、彼は気付く。

 再び、何も見えなくなってしまったことに。




 ヤヲは何処かの民家にいた。

 温かな布の感触が、そのベッドが、そうだろうと教えてくれる。


「いっそ…本当に闇の中ならばよかった…」


 思わずそう洩らしつつ、ヤヲは身体を起こした。


「良かった…目が覚めたのですね」


 と、其処へ誰かの声が聞こえてきた。

 聞き覚えのない、老婆と思われる声。

 突然の声に動揺し、ヤヲはバランスを崩し、ベッドに倒れ込んでしまった。


「おお…無理はしないでください」


 慌てて駆け寄って来る足音と、その手の温もりが肩口から伝わってくる。

 彼女が看病してくれたことは、直ぐにわかった。

 身体の各所には包帯が巻かれており、手当てされた感触があった。

 彼女は手慣れた様子でヤヲが落とした布切れを再度、額に乗せた。


「もう…三日も眠っていたのですよ…?」


 その言葉を聞いた直後、ヤヲは全身の血の気が引いていく。


「三日…三日だって…!?」


 あれから―――あの襲撃の夜から、既に三日も経過していたのだ。


「すみません! あの…あの…ここ最近で起こった大きな事件を…ご存知でしょうか…?」


 下手をすれば自分が襲撃犯だということがばれてしまう。

 それ故にヤヲは言葉を選びながら、冷静に努めながら、老婆へと尋ねる。

 その揺らぎ震え続けている胸中をひた隠しながら。

 しかし。意外にも老婆の返答は曖昧だった。

 困惑を含ませた声で、老婆は言った。


「事件? ああ、もしかして…この近辺で起きた爆発事故のことでしょうか…」

「爆発、事故…?」





 老婆の話しによれば、彼女がヤヲを発見した日と同じ三日前の夜。

 会食場近辺で大爆発事故が起こったのだという。

 王国側の説明では生誕祭の余興であった花火が暴発したというものだった。

 生後間もない嫡子は無事であったものの、複数の死傷者が出てしまい、その心の痛みから国王は床に伏せてしまったとの、御触書があったのだとか。


「この家はその事故のあった場所より近いためか、国王騎士隊の方々がわざわざ説明に来ましてね……それで貴方も事故に巻き込まれたのだろうと直ぐにわかったのですよ…」


 本来ならばそのときに『事故の関係者』としてヤヲを国王騎士隊に引き渡すべきところだった。だが、老婆は彼らの物々しい雰囲気に気圧されてしまい、ヤヲの存在を言いそびれてしまったのだという。


「まるで罪人を探すかのような聞き方が何だかとても恐ろしくて…思わず貴方のことを話せず、申し訳ございません……」

「いえ…」


 呆然と、ヤヲはそう回答するしかなかった。

 老婆の言葉が、中々耳に入ろうとしなかった。

 だがそれは無理もない。

 その言葉の真意が、事件の隠ぺいを意味していたからだ。

 王国を変えるための革命は、歴史的大事件は、不手際という大事故として処理されたのだ。『なかったこと』にされてしまったのだ。彼らが犯した失敗の爪痕さえも、跡形もなく消されてしまったのだ。


「その後、かかりつけ医を呼んで診て貰いましたが…左腕の怪我は見た目ほど大したものではないと話していましたよ」


 老婆にそう言われ、ヤヲはおもむろに自分の左腕を掴もうとする。

 が、そこにはもう左腕はなく。あの凶器すらもう備わっていない。

 老婆はカップに紅茶を注ぐと、それを優しくヤヲの右手に握らせた。


「ありがとう、ございます」


 平静を装いながらも、その内心は動揺し続けていた。

 組織はどうなってしまったのか。他に生存者はいるのか。

 ―――彼女は、無事なのか。

 考えれば考える程にヤヲの身体からは血の気が引いていき、そのまま気絶してしまいそうな程だった。

 老婆はそんな彼を『事故を目の当たりにしてショックを受けているのだろうと』思い、優しく介抱してくれた。

 目が見えなくなっていたヤヲに温かなスープを飲ませ、ゆっくり休むよう勧めてくれた。


「ちゃんと傷が癒えるまで、いつまで居ても構いませんからね」


 彼女の優しさは正真正銘の、純粋なものだとヤヲは感じ取っていた。

 感じ取っていたからこそ、その温かさがありがたくそして、同時に恐ろしくなっていった。

 疑おうが信じようが自分は何も出来ない、惨めな存在に思えて仕方がなかった。

 何も、何も成し遂げられなかった。意味のなかった存在にすら思えてしまったのだ。







    

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