63案
キミツキは、ふと脳裏に懐かしい記憶を過らせる。
アマゾナイト軍に所属していた頃の、二人の記憶。田舎出身だからこそ将になってやろうと切磋琢磨していたあの頃の記憶。
ロドはその当時からいつも横暴で勝気でありながらも、仲間のことを第一に考えていた。
だからこそ、ネフ族を逃がしてしまった部下の身代わりに自らの首を迷わず差し出した。
だからこそ、仲間は見捨てられない組織の、哀れな道化として仕立て上げられたのだろう。
そして、こんな男だからこそ―――彼女も惹かれ、愛していた。
「―――生き返ってから…モニカには、会ったのか…?」
キミツキの質問を耳にした途端。ロドは顔を顰めた。
それはこれまでの強気な姿勢とは違う、明らかな動揺であった。
「…会ってねえよ…そもそも、今の俺はただの死霊だ。会う資格もねえ」
ロドの言葉に、キミツキは顔を顰める。
彼は知らないのだ。
最愛の人が―――モニカ・ヒルヴェルトが今、どうしているのかを。
恐らくはアマゾナイトに復帰することなく、生後間もなかった息子と共に何処か遠くの地でひっそりと暮らしていると思っていたのだろう。
「モニカは……戦場にいる」
ロドの瞳が大きくなった。
一歩間違えば死に至るこの惨劇の場に、彼女はいる。
それを聞いて平静を保てる程、彼の心は冷血ではなかった。
「なんだと!?」
「お前の仇を討つなどと言って…息子を妹さんに任せてアマゾナイトに復帰した…そして今や俺の部下で副隊長格だ」
彼の顔色が青白く染まっていく。
「なんで…お前…説得しなかったんだ…!?」
「説得して理解してくれる彼女ではないことは…お前が一番わかっているだろう」
指先が震えている。
ロドは明らかに動揺していた。
その様は愛する妻を想い、心配する夫そのものであった。
「だが…死霊とはいえお前を見れば、お前の言葉があれば、これ以上無謀な真似は止めるかもしれない。まだ間に合う…だからラショウ―――」
キミツキはそんな彼の手を掴もうと彼に歩み寄った。
手を伸ばし、彼のその震える手を捕まえようとした。
「ロド!!」
しかし、その直後。ロドの震えは止まった。
ロドの視線の先へ、キミツキは振り返る。するとそこには一人の女性がいた。
黒い瞳であったが、その特徴的な青い髪を見つけるなり、キミツキはその正体に目を細める。
「ああ…良かった……此処に居てくれたのね…?」
怪我を負っている様子はないものの、彼女は力無く揺れ動きながらゆっくりと、ロドの傍へと歩み寄る。
「悪いな、リュウジ…懐かしの再会は、此処までだ…」
そう言って立ち上がったロドの横顔には、もう先ほどの動揺は微塵もなくなっていた。
妻の身を案じる夫ではなく、大胆不敵で哀れな反乱組織のリーダーの顔になっていた。
「ラショウ…!」
差し伸べていたキミツキの手を跳ね除け、ロドはその少女へ向かって歩き出した。
最期の力を振り絞って、時間をかけて。
「ったく…付いてくんなって…言ったのによ」
「最期に見るのは、ロドって決めてたから…だから……会えてよかった」
ロドへと触れるその直前に、彼女はその場に崩れ落ちてしまう。
呼吸は荒く、誰が見ても苦しそうであった。
「見てもらうような人間なんかじゃねえんだよ…俺は」
「それでも…私が、そうしたかったから…」
彼女の苦しみは、ロドには痛いほど理解出来た。
それはエナを動力源とする義眼の、義眼を使ったことでの、拒絶反応だった。
そしてロドも今、彼女と同じ苦しみにずっと耐えていた。
偽物の心臓が故障し、ずっとずっと、苛烈な炎に焼かれるが如く全身が悲鳴を上げ続けていた。
「リデ…こんな結末に巻き込んじまってすまねえな……」
ロドはそんな彼女―――リデに歩み寄ると片膝をつき、優しく抱きかかえた。
「…巻き込んでくれて…ありがとう、よ…」
そう呟き微笑むリデを抱きかかえたまま、ロドはゆっくりと立ち上がった。
「リュウジ。最期に頼まれてくれねえか?」
ロドはキミツキにそう言った。
キミツキはやりきれない思いで、「俺に出来る範囲なら」とだけ答える。
「…モニカと、そしてスバルを頼む」
そう言い残して聖堂を悠然と去って行くロドを、キミツキはこれ以上呼び止めることは出来なかった。
それが、幼馴染みであり親友であった彼への、せめてもの贖罪だった。
聖堂を出て暫くと森林を彷徨う中、突然二人を呼び止める声が聞こえてきた。
「お前らは…反乱組織の者か!?」
「おっと、抵抗はするなよ。この王国の最新兵器を再び無駄には浴びたくないだろう?」
そう言って国王騎士隊たちが構えていた兵器―――小型の重火器だった。
それは間違いなく、ロドと国王を狙ったものと同じ兵器であった。
「成る程な…血の跡を、辿ってきたか……そうまでして、俺の口封じを…?」
「命令なもんでな」
騎士隊はそう言うと三人掛かりで担いでいた兵器を、その銃口をロドとリデに向けた。
最期を迫られたというのに、二人に迷いはなかった。
「最期に、言いたいことが…あるなら、言っとけ…」
「生まれ、変わっ…たら…また……いっ……、に…いたい………」
と、そこへ静かに雨が降り始めた。
優しく穏やかな小雨は木々の隙間を縫うように滴り、二人を、騎士たちを濡らす。
リデはおもむろに空を見上げた。
その空は視力を奪われる前に見た、あのときの光景とよく似ていた。
「空が…泣いて、る……」
そう、か細い声で囁いた後、リデは涙を流した。
しかしその涙は透明ではなく。血のように紅く。炎のように紅い。
頬を伝い落ちるそれは、降り注ぐ雨水と交わった。
そして、次の瞬間―――。
彼女から、彼女の義眼から、光が放たれた。
業火のような、紅い閃光。爆発の閃光だ。
二人を中心に光は周囲を巻き込み、それは大きな爆発となった。
それは周辺の木々を拭き飛ばし、森を、大地を抉った。
それに飲まれた者たちは跡形もなく消え去ってしまった。どれだけの者たちが巻き込まれたかすらわからない。
そして、首謀者であった哀れな男と、そんな彼を慕った少女もまた、同じように。
何もかもを、消し去ってしまったのだ―――。




