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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
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61案

    








「革命は…失敗したわ」


 ある程度走った森の奥で、突然リデがそう口走った。

 ヤヲは肯定も否定もせず耳を傾ける。

 と、何故かおもむろに彼女の足が止まった。 

 振り返るヤヲは慌てて彼女の腕を掴んだ。


「何やってるんだ、早く!」


 だが、リデは一向に動こうとしない。

 思わずヤヲは腕を放す。

 リデは静かに顔を上げた。


「―――今回の計画はね…始めから失敗するよう仕組まれていたのよ」


 彼の中で動揺が走る。

 開いた口が塞がりそうにない。


「仕組まれていた…?」

「会食場の見取図を垂れ込んだのは間違いなく王族関係者…恐らく地位向上か玉座でも欲しくなって目論んだものなのでしょうね。けど、見取図を受け取った黒幕の目的はそれだけじゃなかった。事実、ゾォバにはない銃撃が国王とロドまで撃った。邪魔な双方を始末したかったのよ、その黒幕はね…」


 そう口早に語るリデ。

 だがそれはヤヲにとっては思ってもみなかった事実であり。同時に腑に落ちる真実でもあった。


「…色々…考えが追いつかないが……つまり、国王と僕たち反乱組織(ゾォバ)を亡き者にしたくて、この革命は企てられて…そして、まんまと僕たちは乗せられてしまったと…?」


 俯きながらも、リデは小さく頷く。


「少し違うわ。少なからずロドは結末を全て知っていて、この計画に乗っかった……私は…それを何となく察したんだけれど…」

「仲間が…死ぬと、わかっていながら…?」


 ヤヲの言葉を聞くなり、リデは感情的に反論する。


「わかっていたとしても! 王国への復讐を活力にしていた組織を止めることなんて、出来なかった。振り上げてしまった武器を下そうなんて言う勇気はなかった! 何より……ロド自身、自分の復讐心に勝てなかったのよ……」


 リデの言葉にヤヲの鼓動は高鳴り、思わず閉口してしまう。

 彼女の言う通りであり、仮に革命を中止したとしてもゾォバが解散されたとしても、ヤヲは独りでも復讐に動いていたことだろう。

 罠だとわかっていたとしても、無駄死にになろうとも。僅かでも恨みが晴らせるのならば、復讐者は自ずと喰い付く。

 それが己の使命だと―――信じていたから。


「そんな…僕たちは誰かの私利私欲のために……利用された……一体その黒幕とは誰なんだ…?」


 ヤヲの質問にリデは無言になる。

 その沈黙は答えを()()()()()という肯定でしかなかった。


「最初から……ロドも私も…この運命からは逆らえなかったの」


 彼女の口振りはまだ何か大きな秘密を隠しているかのようだった。

 ヤヲにも言えない、何か大きく、そして黒い何かを―――。

 しかし、これ以上リデはこの計画の真相について、語ることはなかった。


「…本当は逃げたかった。計画が始まる直前まで…ずっと迷っていた」


 襲撃前、ヤヲに抱きついてきた弱々しいリデの姿を、彼は不意に思い出す。


「私ね……ヤヲが好き…同族だからとか関係なく、多分出会ったときから…同じ匂いを感じていたの…」


 彼女は突然そう告げた。

 少しだけ感じ取ってはいた―――彼女の淡い想い。

 だがそれは単なる羨望であり、恋慕ではないとヤヲは思っていた。

 だから、彼女の想いに応えようとはしなかった。

 もしもあのときその想いに応えていたら、二人は此処に居なかったのだろうか。

 そんなことを思いつつ、ヤヲはリデへと手を伸ばす。




「―――でもね…それ以上に私はロドが大切なの! 私にとって…ロドは、命の恩人だから…!」


 と、ヤヲの手が彼女に触れることはなく。

 リデは突如、自身の顔に巻かれた包帯を引きちぎった。

 破れ、落ちていく白布。

 突然の行為に驚いたヤヲだったが、それ以上に驚かせたのは彼女の瞳だった。


「リデ…君は……!」


 そこにあったのは黒い双眸。

 月光に輝く真っ直ぐなその瞳を思わず、ヤヲは見入ってしまう。


「…今まで隠していてごめんなさい。王都へ旅発つ直前に、急きょ施して貰ったの……」


 そう言ってリデはヤヲに抱きついた。

 温もりを返すように、彼は優しく抱き寄せる。

 その抱擁が、今生の別れを意味していると、彼は咄嗟に悟った。


「駄目だ…そんなことしてもロドが喜ぶことはない。だから…僕と一緒に逃げ―――」


 だが、その続きを言う前に、リデはヤヲの腕から押しのけるように抜け出す。

 夜風に靡く青い髪をかき上げ、漆黒の瞳を向けながら、リデは微笑んだ。


「ありがとう…でも…もう決めちゃったの。こうすることが私の復讐なの……だから、行くわ…」

「それなら僕も一緒に…!」

「駄目。貴方には…心の底から、生きていて欲しいって思ってるから…」


 その微笑みは、嘗て愛した女性ととてもよく似ていた。

 ヤヲは瞳を大きくさせ、右手を伸ばした。


「リデ!」


 しかし彼女はその手を跳ね除ける。

 そしてまた、元来た道を引き返そうとする。

 

「僕は生きていて良い人間じゃない! 君が! 君の方が…生きていくべきなんだ…行っちゃ、駄目だ…!」


 諦めずヤヲは叫び、彼女の後を追いかけようとする。


「なっ…!?」


 が、どういうわけか、足が動かなくなった。

 足だけではなく、全身の力が急激に抜けていく。

 ヤヲはおもむろに肩口を見た。

 すると其処には、針が突き刺さっていた。

 見たことのあるそれは間違いなく、リデのものだった。


「くっそっ……!!」


 気づいたときには既に遅く。

 激しい睡魔がヤヲの身体を崩れ落とす。

 針には麻酔針が塗られていたのだ。


「……こんなことしてごめんなさい……もしも、貴方の目が無事であったなら…最後に私の懺悔が詰まった手紙を読んで……?」


 リデはそう言い残すと、森林の奥へと消えて行った。


「リ、デ……」


 手を伸ばし、ヤヲはもう一度だけ、彼女の名前を呼ぶ。

 しかしその直後。

 ヤヲの意識は遠退いていった。

 薄れゆく意識の中でも、彼は彼女の名を呼び、そうして森の中で倒れた。







    

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