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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
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59案

    




 



 ヤヲが絶叫する中、ニコは狂った笑いを浮かべながら彼目掛け突撃してくる。

 だが武器を受け止める術は既に折られてしまっている。まともに動ける状態でもない。


「あづいあづいあづいあづいよおおッ!!」


 不気味な笑い声と同時に、ニコの真っ赤な剣がヤヲの顔面へと伸びる。ヤヲは覚悟し、目を細める。

 と、次の瞬間。ニコのか細い腕の動きが止まった。


「!?」


 突如、がっしりとニコを掴み上げた大きな手。それは容易に彼女の腕をへし折った。


「……やっと、掴まえたぞ…」

「ギャアアァァッ!!」


 断末魔のような叫びを上げるニコ。

 その激痛と反動で彼女が持っていた剣が、地面へ突き刺さる。

 ヤヲはニコを掴む男の顔を見上げた。


「レグ…!」


 痛みに暴れ狂うニコを羽交い締めしつつ、レグはヤヲと瞳を交える。


「すまない…ニコが、突然暴走して…この様だ……」


 言われなくとも判る事実。

 レグの腹部には赤黒い血が流れ続けていた。

 そんな彼が決死の思いで押さえ込んでいる最中にも、ニコは笑い声を上げ、狂ったように暴れ続ける。


「ニコを…ニコを元に戻す方法を知らないか…?」


 見たこともないレグの必死の形相。

 しかし、生憎ヤヲもその方法は知らない。『知らない』と言うよりは『方法がない』と言った方が正しいだろう。

 体感したヤヲだからこそ感じている結論だった。

 

「…多分、ニコはもう―――」

「そうか……もう俺たちは…だめだ…お前は、リデと、合流…しろ…」

「そんな…もしかしたら二人共助かる方法があるかもしれないのに…!」


 可能性が全くないわけではない。

 ニコをこんな状態に貶めたチェン=タン(あの男)ならば僅かだが、助ける手立てを知っているかもしれない。

 だが、レグはヤヲの言葉に耳を貸すことはなく。

 折れた腕を振り回し、まるで駄々っ子のように暴れ狂うニコをきつく、きつく、抱きしめ続ける。


「俺は…復讐という言葉に託けて死ぬ方法を探し彷徨っていただけの人間だ…それがいつしか…せめてこの子たちだけは、今度こそ守りたいと…思うようになっていた、が……それが叶わんのならば、この命に、もう意味もない……」


 そんなことはない、と叫ぶことはヤヲには出来なかった。

 それは少なからず、ヤヲ自身にも当てはまる言葉であったからだ。 

 同じ立場であったならば、同じことをしていた人間だったからだ。


「お前は行け…そしてあの子を……リデを守ってやってくれ…」

「―――貴方とは…もっと早くに、沢山話をしてみたかった…」


 ヤヲはそう言うと静かに踵を返した。

 振り返ることはなく、レグとニコの傍から去って行く。


「……俺も、だ…」


 去り行くヤヲの背をある程度眺めた後、レグはニコが手放した剣を地面から抜き取る。


「ニコ…寂しい思いはさせない…俺も一緒に逝く……!」


 そう言うと彼は最期の、渾身の力で、その剣をニコ諸共自分の心臓目掛け、突き刺した。

 狂気に荒れ狂っていたニコは悲鳴を上げ、次第にぐったりと力を失っていく。

 レグもまた、その場に崩れ落ちた。ニコに刺した剣はレグをも貫いていた。


「はなぜっ! はなぜっ!! あづいっ! あづいのにっ!!」


 ニコは荒い呼吸を繰り返しながらも必死に抵抗し、更にはレグの腕にまで咬みついた。

 もう彼女は『ニコ』としての意識は無くなってしまっているようだった。

 だが、それでもレグは彼女だけは、この子だけは放すまいと、懸命に渾身の力を込めて抱きしめ続ける。


「……ニ、コ…」


 その姿は娘を最後まで守ろうとする父親と同じようであった。

 次第に朦朧としていく意識の中、ニコの力もまた徐々に弱まっていき、静かになっていく。


「…こわい、よ…こわいよ……パパ……」


 最期に彼女はその大きな瞳に涙を浮べ、か弱い声でそう呟いた。

 レグは彼女の言葉を耳にする。

 そして口角を上げ、彼女の頭を優しく撫でながらゆっくりと瞼を閉じた。


「もう、怖いことは、ない…」


 彼女に届くか届かないかの、穏やかな声でそう囁いて。







    

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