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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
236/360

58案

      







 ―――だがその直後。

 振り返ったヤヲの目の前で、鮮血の花が咲いた。

 真っ赤なその血は彼の衣服と眼鏡を染め上げる。

 予想外の展開に、呆然とする思考が、より一層と彼の脳内を真っ白に染める。

 

(……何が、起きた…?)


 困惑するヤヲは、顔に飛び散った血を眺めた後、前方を見つめた。

 そこではヒルヴェルトが何者かに斬られていた。

 彼女は口から血を拭き出し、その場に崩れ落ちる。


「なっ…!?」


 無意識にヤヲは倒れる彼女へと駆け寄った。

 青白く染まっていく彼女の顔。

 呼吸は虫の息となり次第に弱々しくなっていく。

 肩口から袈裟切りされた一撃は、もう助かる見込みのないほどの惨いものであった。

 不意打ちとはいえ、ヒルヴェルトを絶命に追い込んだ一撃。

 だがヤヲがそれ以上に驚いたのは、それを放った正体だった。


「―――ニコ…!」


 そこにいたのはいつも見ていた、あの天真爛漫なショートボブの少女。

 ヒルヴェルトの背後に立っていた彼女はいつものナイフではなく、兵士たちから奪ったのだろう剣が握られていた。そしてその刃からは、ボタボタと鮮血が滴り落ちている。


「なんでさあ…ヤヲにげようとしてるの? そのひところさないの? そうしないとさあ、ダメなのにさアッ! あまいよ! あまいあまいアマイアマイ……おかしよりあまくってあついよぉぉ!!」


 その様子は明らかに異常であった。

 酔っているかの如く、力無く身体を揺らし、一方でその双眸は瞳孔が開ききっているようだった。


「どうして…?」


 が、しかし。戸惑っている暇さえなく。

 ニコは次の瞬間、口角を吊り上げながらヤヲへ向かってきた。


「ニコ!?」


 咄嗟に彼はヒルヴェルトを抱えながら飛び退く。

 飛び退いた、というよりは彼女と共に転がった、と言った方が正しい。

 だが避けていなければ、今頃ニコによって一突きにされていたところであった。

 彼女の剣は間違いなくヤヲを狙っていたのだ。

 転がった先で手を放してしまい、未だ倒れたままでいるヒルヴェルト。

 そんな負傷する彼女から離れるように、ヤヲは一人起き上がる。ニコの狙いはヒルヴェルトからヤヲへと変わっていたからだ。


「ヤヲのせいであついんだよねえ! だからころすね、ころすからね!」

「一体どうしたんだ、ニコ…?」


 気が狂ってしまったかのようなニコの言動にヤヲは顔を顰める。

 彼女の言動には最早、理性の欠片すら感じられなかった。まさに、本能のままに暴れる獣も同じだった。


(本能のままに……まさか―――!?)





 ヤヲは記憶を辿り、思い返す。

 会食場襲撃の直前。

 ニコはキャンディを食べていた。

 いつものように食べていた甘いお菓子。

 暗闇に紛れてよく見ていなかったが、あのキャンディの色は―――緑色だった。ヤヲが飲んだ劇薬(エナ液)と全く同じ色。

 アレを飲んだヤヲは激痛すら快感と思ってしまう感覚と、本能を解放させ暴れたくなる感情に踊らされた。

 それを何とか押さえ込めていられたのは、ヤヲがエナを常時服用して『エナ使い』となっていたからだろう。では、エナ使いではない一般人が劇薬(エナ液)を服用した場合はどうなるのか。

 そう考えた途端、ヤヲは血の気が引いていった。


「ニコ―――!?」


 暴れ狂い、剣を振り回すニコへと叫ぶ。だが、ヤヲの声は彼女に届かない。

 既に目が通常のものではない。白目を向いたような瞳。

 ヤヲは恐怖を覚えた。

 エナとは此処まで人を狂わせてしまうのかと。

 そんなエナを、自分は平然と飲み込み続けていたのかと。

 だがそれ以前に、何故ニコはエナを―――エナが含まれたキャンディを食べたのか。食べてしまったのか。そんなものの答えは一つしかなかった。

 脳裏に浮かんだあの男に、ヤヲはこれまでにない怒りを覚えた。


「なんで…なんでこんなことをするんだああぁぁぁ―――!!」








     

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