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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
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57案

   







 体内のエナが急速に欠乏していく感覚があった。

 例えるならば全身の血の気が、覇気が、生気が限界まで抜けていくような感覚。

 既に唯一の武器であった腕は破壊されたわけだが、間もなくしてこの両目も暗闇に飲まれることだろう。

 それはヤヲにとって、完璧なまでの敗北だった。


「…どうした? 仇を討つのではなかったのか…?」


 挑発的なヒルヴェルトの一言。


「したいですよ。貴方は仲間の…大切だった人の仇…貴方に復讐することが、僕の誓いだった。生きる全てだった」

「嘘だな」


 その言葉にヤヲは眉を顰め、思わず上体だけ起こす。


「そんなことはない! 僕は、貴方を…貴方さえ討てればそれで良かった……」

「真に復讐したい奴はな…そんな真っ直ぐに相手を見ないものだ。相手の急所を―――どう殺すかということしか見えていないものだ」


 見てきたような言葉だと、反論したかったが、実際にそうだったのだろう。

 振り返り見たヒルヴェルトの横顔にそう書いているようで、ヤヲは思わず閉口してしまった。


「あの凶器も動きも、恐ろしいものであった…が、そこには迷いも隠れていた。だからお前は負けた…」


 そう語りながらヒルヴェルトは自身の右腕を掴む。


「だが…それは私も同じだった。だから私も負けた」


 渾身の力で振り払った彼女の利き腕は折れ、動かせられない程に負傷していた。

 だがその怪我も剣が折れてしまったのも、迷いがあったからだと、ヒルヴェルトは語る。


「…僕の復讐に、迷いなんてなかった。そんなもの捨ててきたはずだった……あったとするならば…貴女が至極真っ当過ぎなせいですよ……」

「……女に弱いタイプなのだろうな」

「笑いますか…?」

「笑わない…私が唯一惚れた男も、そういうタイプの人間だった」

 

 そう言って無理やりに苦笑を洩らすヒルヴェルト。

 その顔にヤヲは眉を顰め、だが吐息と共に笑みを零す。


「…今ならば、この奥を進めば…逃げることも可能だ…」


 ヒルヴェルトは突如そう切り出し、ゆっくりと起き上がり一方を指差した。


「変な情けは掛けないでください! 僕は人を殺めた! 煮えたぎる復讐心も無くなったわけじゃない!」

「情けや買い被りではない……貴殿は嫡男様を助けてくれた。貴殿には心がまだ残されている。だから見逃してやるだけだ…怒りに身を任せ機会を逃すな…今は、素直に受け取れ」


 義手が壊れた反動による激痛と疲弊感があるものの、ヤヲは必死にその場から立ち上がる。

 確かにヒルヴェルトの指示した方角から兵たちの声は聞こえてこない。

 罠という可能性は低いようだった。


「…改心せず、再度貴女へ復讐しに来るかもしれませんよ」

「それで構わん。私は解った上でこれまでもお前たちを切り捨て、見過ごして、見逃してきたんだ…」


 まるで全身が鉛になったかのように重くなる感覚の中、ヤヲは森の奥へと歩き出す。


「僕は復讐者だ。絶対に…永遠に、貴女を追い続けます…」


 ヤヲにとって、それだけはどうしても言っておきたかった。この気持ちだけを糧に今日まで生きてきたのだから当然だ。

 だからこそ、どうしても彼女を許せない自分と、彼女を許してしまおうとする自分で揺らいでしまっていることに、ヤヲ自身が一番動揺し、そんな自分を許せずにいた。

 そんな動揺を打ち消すべく『自分は復讐者だ』と、再度誓いを立て直すことだけで精一杯だった。

 革命は失敗し、目的さえ果たせられず、戦闘にも負けてしまい。ヤヲの頭の中は、もうぐちゃぐちゃなくらいに混乱していた。


「…そういえば…せめて最後に貴女の名前を―――」


 それでも気丈に振る舞おうと、ヤヲは振り返り彼女の名前を尋ねた。

 「ヒルヴェルト副隊長」と呼ばれていたことは記憶しているが、思えば彼女のフルネームを知りはしない。

 名前さえ知っていれば、またいつか出会える機会もあるはず。

 復讐するときがやって来るはずと、ヤヲは思ったのだ。







    

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