56案
体内に宿った思わぬ爆弾を抑え込みつつ戦うヤヲにとって、状況は不利であった。
このままではエナを無駄に吹かせて燃料切れとなるか、その前に身体が持たず負けるかしかない。
何せ相手の女軍人は恐ろしいことに冷静なままで、汗一つ掻いてさえいないのだから。
(ならば…いっそのこと、一か八か…一瞬だけで良いから爆発させるしかない…!)
ヤヲは覚悟を決めた。
僅かだけ、自分の中で蠢くエナを暴走させる。
それは扉を開くよりも容易いことだった。
ヤヲはヒルヴェルトと距離を保ちつつ、一呼吸置いた。
そして次の瞬間。
彼は体内のそれを、ほんの少しだけ開け放った。
「―――ッ!?」
ヒルヴェルトが驚くのも無理はなかった。
彼の動きが明らかに、数秒前のものとは比べ物にならないほど変貌した。
咄嗟に身体を捻らせ、彼女はその場で横転する。
後少し反応が遅ければ、その首にナイフが突き刺さっていたところだった。
無意識に生唾を飲み込むヒルヴェルト。
が、そんな彼女に間も与えず、ヤヲは踵を返し飛び込んでくる。
すぐさま起き上がりヒルヴェルトは体勢を整えながら剣を構えた。
これまでにないほどの大きな金属音が響き渡る。
構わず、ヤヲは力任せに左手の凶器を振り続ける。
ヒルヴェルトが飛び退き間合いを取ろうとしても、ヤヲは左手の仕込みロープを木に絡ませ、伸縮させ追い込む。
ロープを駆使し、縦横無尽に飛び込み飛び退くヤヲの一進一退の攻撃。
徐々にヒルヴェルトは追い詰められ、その顔色は曇っていく。
だが、そこに諦めや敗北の色はなかった。彼女はこれまでいくつもの修羅場と敵を掻い潜り成り上がった猛者なのだ。
「何をしたのか知らんが……動きは単調だぞ! 愚か者が!!」
ヒルヴェルトは飛び交い続けるヤヲへと叫んだ。
挑発的とも取れるそれは彼女の隙となった。
逃すまいと、ヤヲはヒルヴェルトの懐を狙い飛び込む。
が、それこそヒルヴェルトの狙いだった。
「伝の恨みを知れ!!!」
ヒルヴェルトの首元を狙い、構える左手。
真っ直ぐに狙った一撃。
だが、まるで刹那のような彼女の動きでかわされてしまう。
「だから単調だと言っているだろうッ!!」
ヤヲが驚く間も与えず、今度は彼女が彼の懐に飛び込んできた。
そして、一閃。ヒルヴェルトは素早く、勢いよく、剣を振るった。
金属音が、森林中に響き渡る。
それは、ヒルヴェルトの剣が脆くも砕け散った音だった。
「くっ…ぅ…!」
苦痛に顔を歪めるヒルヴェルトはそのまま態勢を崩し、蹲った。
肩を押さえ倒れる彼女の傍らで、ヤヲも同じく顔を顰めた。
「まさ、か……」
立ち尽くすヤヲはおもむろに左腕へと視線を移す。
凶器と化していた義手は。ものの見事に砕かれてしまっていた。
ヒルヴェルトの手によって彼の左腕は、再び切り落とされてしまったのだ。
大きな金属音を轟かせた後、彼の左腕だったそれは草むらの影へと破片共々砕け散った。
その衝撃と激痛に、ヤヲは間もなく崩れ落ち両膝を付ける。
「ッ……人間…の技じゃな、いですよ…それ……」
思わず出た言葉が、その一言だった。
「何を言う…代償に剣と腕をくれてやったんだ…」
そう反論するヒルヴェルトは、不意に笑みを零してしまう。
彼女の笑みにヤヲまた、釣られるように笑みを零してしまった。
勝敗は決した。
「僕の負け…です」
「私の負けだ…」
二人は互いに、声を揃えてそう言った。




