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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
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55案

    








「あのときから随分と…様変わりしたものだな…」


 片や剣を構え続ける彼女は冷静に努め、目の前の男を見つめる。

 だが男の変貌ぶりに彼女は思わず眉を顰めてしまう。

 ネフ狩りの中、切願でもなく罵声でもなく、恐怖でもなく。怒りと共に皮肉を反して来たネフ族の青年。

 その後の事件もあってか、印象的でよく覚えていた―――と言うよりは忘れらない相手であった。

 あの状況からどういうことか、九死に一生を得たようであるが。髪も目もその色を変え、偽造するべく切り落としたはずの腕には、見たこともない異様な凶器を身につけている。

 女軍人―――もといヒルヴェルトはそう思わずとも無意識にそんな彼を哀れんでしまい、悲しみに表情が歪んでしまっていた。




 そんな彼女の同情心は、ヤヲにも伝わっていた。

 しかしそれは彼にとっては侮辱以外の何ものでもなかった。

 より一層と、ヤヲの双眸に闘志が宿り燃える。


「貴方は…貴方だけはっ…!!」


 怒りに身を任せ、ヤヲは地を蹴りヒルヴェルトの懐へ飛び込む。

 彼女は寸でのところで身を翻し、飛び退いていく。


「何故戦わない!」

「その揺り籠…嫡男様だろう! 赤ん坊に罪はない!」


 彼が放さず右手に抱えていたものは、ヒルヴェルトにとっては人質以外の何ものでもなかった。

 下手に攻撃をして赤子に当たってしまっては元も子もない。

 故に彼女は攻撃に転じることが出来ずにいた。


「赤ん坊に罪はない? その言葉を叫んだ者たちを容赦なく切り捨てておきながら…!」


 ヤヲの叫びに思わず怯むヒルヴェルト。

 それは彼女が最も痛めている傷でもあった。


「それはそうだ。だが…だとしても…」


 動揺にヒルヴェルトは手を鈍らせ、言葉を濁らせる。

 そんな彼女の姿にヤヲはふと冷静さを取り戻し、深く呼吸を繰り返した。


「……そう、ですね…赤ん坊は、今は見逃がします。此処に置いておきます」

「すまない」

「謝らないで下さい。これから貴方を復讐の糧にしようとしている人間に…!」


 確かに人質として便利ではあるが、これを手に戦うことは不便でもあった。

 だからヤヲは近くの木陰へその揺り籠を置いた。

 と、それまで寝ていたはずの赤子が目を覚まし、ぐずつき始めた。

 間もなく、大きな声で泣きわめく赤子。

 それを合図に、二人は互いに駆け出した。

 左腕に備えられた凶器と彼女の剣が交差し、火花を散らせ、鍔迫り合う。


「くっ…」

「この短期間で何があった…! それはこの襲撃者たちに与えられた力なのか!?」

「だとした何なんですか!?」


 何度も重なり合う武器と凶器。

 単純な力ではヤヲの方が有利であったが、素早さでは彼女の方に分があるようだった。

 更に募る憤りと興奮がヤヲの右腕を疼かせ、思考を鈍らせる。

 

「貴方には関係の無いことでしょう…!」

「ならば…捕えてから聞くまでだ…!」


 直後、彼女は眼の色を変え、その一撃に重みが増す。


(迷わず腕を切っただけのことはある…彼女は強い…!)


 このままではいずれ押し負けるかもしれない。

 そう察したヤヲは後退しつつ、左腕を構え直す。

 と、次の瞬間。指先からヒルヴェルト目掛けナイフが射出される。

 不意打ちとも言える攻撃に彼女は驚きながらも、冷静に飛び退きつつ身構える。

 

(捌ききれんっ…ならば…!)


 ヒルヴェルトは咄嗟に着ていた軍服を力任せに剥いだ。

 そしてその勢いのまま翻し、ナイフをコートで受け止めてみせた。

 彼女に刺さる寸でで、分厚いコートは彼女を守ったのだ。


「まだだッ!」


 が、休む間も与えず、ヤヲは奥の手を出す。

 左手の関節を外し、そこから鉄製のロープを抜き身出す。


「モーニングスターというやつか…つくづく悍ましい腕になったな…!」


 ロープに繋がった左手を振り回し、ヤヲはそれをヒルヴェルト目掛け投げつける。

 彼女は瞬時にかわしたものの、背後にあった木の幹が大きな音を立てひび割れ、直後、倒れていった。

 

「最早…人間ではないな…」

「貴方の凶暴さには負けますがね」


 左手を釣り竿の如く縮ませ回収しつつ、ヤヲは落ち着きを装い笑う。

 だがその内心、疲弊は相当なもので、全身からは止め処なく汗が噴き出していた。

 体内に取り込んでしまっているエナが、感情に呼応し、暴れ狂っているようだった。

 不意に気が緩んでしまえば最後、それこそ見栄えなく、獣か狂人の如く暴れてしまいそうだった。







    

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