21話
「何かあったなら言えよ。相談に乗るぞ…?」
「お前とは付き合いが長いだけの…ただそれだけの腐れ縁だろ。俺のこともリンダのことも―――アドレーヌのことさえ知らない奴にそう呼ばれたくはねえ」
しかし、ブムカイの想いも空しく。
友と思っていた男から返ってきたのは冷たい言葉だった。
アーサガは依然としてブムカイと視線を交えようとはしない。
静かに眉を顰めるとブムカイはそんな彼へ、らしくない言葉を投げかけた。
「確かにお前のこと何も知らないけどよ…だからこそ知りたいと思ってんだよ。それは友達って呼べないのか?」
アーサガからの返答はなかった。
しばらくの沈黙が続いた後、先に動いたのはブムカイだった。
彼は席を立つと、アーサガの顔を見ることなく扉の前へと移動していく。
ドアノブを掴み、扉を開けると同時にブムカイは口を開いた。
「……残念だがお前が“夢中になると一切周りが見えなくなっちまう”ってことはよく知っている。だから…犯人との関係を話してくれるほど冷静になるまでは外に出すわけにゃいかん」
それから「まあ、たまに親子水入らずで娘を甘やかしてやれ」と言い残し、扉はゆっくりと閉められた。
静まり返った室内に、舌打ちの音が響く。
先の失態を悔やんでも悔やみきれないアーサガ。
まさかブムカイがこんな強硬手段に出るとは思ってもいなかったのだ。
否、今まで随分と自由にされ過ぎていて、こういう事態を想定していなかったという一因もあった。
「クソッ…こんなことならさっさと出て行きゃよかった…!」
出るなと束縛され、閉じ込められたと軟禁されたと思えば思うほど、アーサガの脳内で彼女の言葉が強く反響されていく。
『アタシを止めたきゃ『奈落を交わす場所』へ来な。いつまでも待っててやるよ』
直後、アーサガは壁に自身の拳をぶつけた。
募っていく焦燥感を抑えるべく、深呼吸を繰り返す。
「……ようやく出会えたアイツを止めるのは、俺じゃなきゃ駄目なんだよ…!」
苛立ち、焦り。
それらが声となって、無意識に漏れ出ていく。
そんな彼とは対照的に、猫のように丸くなって眠り続けていたナスカであったが、父親の物音で目を覚まし、薄らと重い瞼を開ける。
ボンヤリとした視界の中で、正面には父だろう姿が立ち尽くしていた。
「パ、パ……」
起き上がって父の傍へ行きたかったナスカであったが、欠伸を一つ漏らし彼女はウトウトと再度瞼を閉じてしまう。
そうして再び眠りにつく直前、父の呟く声をナスカは耳にした。
「『奈落を交わす場所で待つ』……シェラか」
それがどういう意味なのか、ナスカには理解出来なかったものの、その言葉が何故か耳に残ったまま、彼女は静かに深く寝入ってしまった。
当然その後の父について、ナスカに知る由もなく。
そんな展開が待っていようなど、全く以って彼女には解らなかった。
外では鳥がさえずり合い、暖かな日差しが照らす中。
窓から差し込まれるそれで目が覚めたナスカは、おもむろに身体を起こす。
「パパ…」
いつもなら彼女がそうして少し不安げな声を出すと、彼女の父は少し憂鬱めいた顔で、しかしいつも彼女を撫でに来ていた。
優しく頭を撫でてくれていた。
だが、いつものそれが、今はない。
「パパ…?」
いつもとは違う異変に、彼女はようやく気がついた。
瞼を擦りながら周囲を何度も見渡すが、室内に父親の姿はなく。
医務室どころか、基地の何処にも、アーサガの姿はなくなっていたのだ―――。




