49案
翌日。空は快晴とお世辞にも呼べるものではなかったが、それでも雨は止んでいた。
夜から再び雨が降るだろうと予想する者もいたが、生誕祭ラストを飾る花火までには間に合うだろうと別の誰かが予想していた。
そして、そんな王都内では嫡男誕生を祝う生誕祭が行われている。
城下町広場―――その一等地に建つホテルのバルコニーから、国王が嫡男を抱えお披露目することで開幕となった祭。
国王直々の無礼講により酒や食べ物が民たちにも振る舞われ、老若男女問わずその歓喜に躍る踊る。
大通りでは楽器を手にした楽団が心躍る曲を披露し、その傍らでは踊り子たちが激しく踊る。小道でも商人たちが挙って店を出し品物を出し。
この日ばかりは皆、思い思いに楽しみ賑わい過ごしていた。王都に住む誰もが、訪れた皆が、祭の雰囲気を楽しんでいた。
息を潜め、そのときが来るまで待つヤヲ、ゾォバたちとそれを阻止せんとする兵たちを除いて―――。
夕刻。ゾォバの面々は静かに宿を後にする。
不審に思われないよう荷馬車に隠れ移動する者と徒歩で移動する者とに別れ、彼らは目的地へと向かう。
「あのさー、この馬車ってどこ向かってるの?」
「…ニコ、今朝のロドの話を聞いていなかったのか…?」
「聞いてたよ。でも忘れちゃっただけー」
相変わらず陽気に足を揺らし馬車内でくつろぐニコ。
そんな肝が据わっているとも取れる彼女にため息を吐くレグ。
彼は頭を抱えながらもニコの質問に答えた。
「我々が向かっているのは俗にアドレーヌ城とも呼ばれている王城……ではない。」
一部の王族貴族のみが集い行われるという会食。
それは意外とも当然とも取れる場所で開かれる。
「王城やエクソル湖より西の外れにある『女神の聖堂』だ」
女神の聖堂。
それはエクソル湖西の畔から少しばかり進んだ先に建ち、そこでは女神が眠りにつく水晶体があるのだと言われている。そして一般人の立ち入りは禁じられている。
元はその聖堂だけであったが、いつしか程近い距離に大きな会食場が建造され、王族たちは祭事には必ず足を運ぶ習わしとなっていた。
が、この習わしは国王含めた王族や一部貴族しか招かれず。
その聖堂に眠り続け、祀り続けられている“彼女”に最も近しいと選ばれた者だけが参加を許された、神聖な儀式とも言えた。
ヤヲが運転していた馬車は湖畔近くの森に停められた。
そこには既に組み立ての間に合った15の兵器が隠されていた。
馬ほどの大きさもある大砲だ。
「この砲で会食場の壁にぶち込んで大穴を作るってことよ」
「すごーい! ニコも打ってみたいなー」
「ダメダメちゃんと扱わないと大変なことになるから」
砲手である男が得意げにそう話し、ニコは目を輝かせながらそれを聞いている。
と、そんなやり取りを遠くで眺めていたヤヲ。
彼の傍らへ、おもむろにリデが並ぶ。
「いよいよね…」
「ああ」
彼らが潜伏する森の奥。その教会内に王族たちがいる。そこにはそんな王族たちを守るべく国王騎士隊やアマゾナイト軍も待ち構えている。
そのアマゾナイト軍にヤヲが標的と定める女軍人もいることは、事前に組織の密偵から仕入れた情報で聞いていた。
間違いなく、ここが決着の地となる。
「震えているみたい…」
するとそう言いながらリデはヤヲの右腕を掴んだ。
「武者震いだよ」
ヤヲは眼鏡を押し上げながら直ぐにそう返したが、実際は武者震いなのか、恐怖による震えなのか。はたまた前日の薬による副作用なのか。
彼自身もよくわからなくなっていた。
「じゃあきっと私も…そうだと思う」
リデは静かに、しかし力強くヤヲの右腕を掴む。
彼女から伝わってくる冷たい感触。体温。そして微かな震え。
「ヤヲ…」
不意に一瞥したそこには、冷酷無慈悲な闇の女王ではない―――ただただ怯える少女がいた。
「どうした…?」
彼女は何か言いたげに口を開いたが、直ぐに身体を背け、首を横に振る。
「なんでもない…」
寂しげな彼女の背が、何かを語っている。
訴えている、何かを。
「リデ」
ヤヲは思わず彼女の名を呼ぶ。
理由は特にない。呼ばずにはいられなかっただけだった。
「ごめん…少しだけ…このままでいさせて……」
そう言いながらリデは突如、ヤヲの胸元へと飛びついた。
驚きに硬直するヤヲ。
胸元にいる彼女ははっきりとわかるほどに震えていた。
「リデ…」
本来ならば、何かするべきなのだろう。
抱き締め返した方が、その震える肩に触れた方が、良いのだろう。
が、しかし―――
ヤヲはリデをこれ以上直視することは出来なかった。
もし今彼女を抱き返していたら…違う感情に負けてしまいそうな気がしたからだ。
そして、その感情が暴走したら、もう二度と復讐を誓うことが出来なくなってしまいそうだった。
「ごめんなさい…」
リデはそう言うと静かにヤヲから離れ、逃げるように遠ざかっていく。
彼女が居なくなった後、ヤヲは己の掌を見つめた。
温もりのない寂しげな掌は、静かに空を掴む。
「今更…何を迷うか…」
自分の情けなさに顔を歪め、ヤヲはその拳を振り下した。
それから間もなくして、皆の前へロドが姿を現した。
『革命』を目前に昂る組織メンバーに、彼は意気込みを語る。
「何百年と続いてきたアドレーヌ王国という歴史が今、俺らの手によって終わる」
静かに、真剣に告げるロドの言葉は、いつもとは違う重みを皆に与える。
そんな彼の言葉に、メンバーたちは息を潜め、耳を傾ける。
ロドはここにいる仲間たちを見回した後、口角を吊り上げた。
「いよいよ…俺たちの祭りも幕開けだ…始まったらお前らが満足いくまで騒げ、戦え、叫べ、訴えろ。良いな?」
合意の雄叫びはなかった。
だが皆の心は一つにまとまっているようだった。
これまでにないほど研ぎ澄まされた闘志が、緊張と不安をかき消していく。
ヤヲも皆と同様に、精神を落ち着かせ深く呼吸を繰り返す。
これで復讐が成し得る。
全てが終わる。
それでもし、この復讐が終わったとき。
そのときに、もしもその資格があるのならば…そのときこそは彼女を抱きしめてあげよう。
今度こそ、彼女の気持ちに応えてあげよう。
ヤヲはそう思い、深く目を閉じた。
しかし、彼は知らない。
この判断が運命の分岐点だったということを。




