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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
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48案

    








「まさか…いつの間にか(ロム)使いになっていたというのか…僕は…」

「そう聞いたかも、確か。選ばれた人間は対象に触れることでエナを操れるんだってね」

 

 隠れ里では(ヲーニイーア)にしか使えなかった秘術。

 それを会得出来ればと願った時期もあったが、こればかりは生まれ以っての才であると言われ、すっかり諦めていた力でもあった。


「まさか…今頃選ばれていても……何の役にも立たたないだろうに…」


 複雑な心境に俯き、悲観するヤヲ。

 そんな彼を後目にチェン=タンは飲み薬をずずいっと彼の目の前に押し出す。


「飲むの飲まないの? そんなことは良いからー。けど今飲んどかないと『革命』決行のときに目と腕使えないよー?」


 チェン=タンはそう意地悪っぽく言って笑う。

 ヤヲは顔を顰めつつも、仕方なく飲み薬を受け取った。

 無味無臭の、透き通った緑色の液体。

 それまでは必要なものだと信じて摂取していたが、改めて見直すとそれはとても悍ましい激物にしか見えなくなっていた。

 だが、これを飲まなければ義眼も義手も燃料不足となり動かなくなってしまう。

 そうなれば望んでいた復讐も果たせなくなってしまう。

 ヤヲには飲む以外の選択肢はなかった。

 彼は意を決してそれを飲み込んだ。


「う、ぐっ……!!」


 喉元を流れ落ちていく感触と共に、ヤヲはこれまでとは違う感覚に襲われた。

 疲れ、苛立ち、不安…そう言った負の感情から解放してくれるような快感。

 だがその一方で爆発的な全身の活性化が、熱さと激痛となってヤヲを襲う。

 炎で焼かれるような熱さと針で刺されたような痛み。

 思わず手にしていたガラス瓶を落とし、ヤヲはその場に蹲る。


「―――ッ…これ、は……?」


 恐ろしいのはそんな痛みすら快感と錯覚しそうになっていること。

 ヤヲは意識を失いそうになるが、寸でのところで何とか精神を落ち着かせ、意識を保てた。

 全身から吹き出る汗と涙をそのままに、ヤヲはチェン=タンを睨み上げた。


「やっぱ君最高だね、すごいすごい!」

「いつもの…薬とは…違うじゃない、ですか…こんなこと、今まで一度も…なかった…!」


 崩れ落ち、両膝をついたまま尋ねるヤヲ。

 片やチェン=タンはといえば、無邪気にはしゃぎ、喜びに拍手をしていた。


「配合強めてみたんだ。いつもよりちょっと。これで今まで以上にパワーアップ!」

「馬鹿か貴方は! 今のは確実に…命に係わる状態だった…」


 間違いなく、あの感覚は死の一歩手前だった。

 激痛の感覚こそ落ち着いてきたものの、薬の副作用なのか身体中が震えていた。


「でも君生きてるし、何も後遺症もないみたいだし、やっぱ『選ばれた人間』はすごいねー」

「これ…誰かで試しているんですか…」

「内緒だね、それは」


 他人事の口振りにヤヲの苛立ちは募る。

 だが深く呼吸を繰り返し心落ち着かせると、ヤヲは辛うじてその場から立ち上がり、静かに踵を返した。


「もう良いです…ただし」


 ヤヲの足が止まる。


「貴方との関係はこれで終わりです」

 

 顔を顰めたのはチェン=タンだった。

 彼は急ぎ歩み寄り、ヤヲの顔を覗き込もうとする。


「どして? エナがないと君の腕と目は…」


 しかしヤヲは答えることなく歩き出した。

 チェン=タンの呼びかけに振り返ることも、止まることもしない。

 一人になり、ヤヲは鋼鉄の義手を強く握り締めた。

 復讐を誓う今において義手(これ)は必要不可欠な武器だ。

 が、目的を果たした際には不要となるもの。

 復讐が叶った暁には、彼は義眼も義手も手放そうと思っていた。


(それにこれ以上、エナと…チェン=タンと係わるべきじゃない…)


 それに常々思っていた。チェン=タンと―――彼が扱う品々と、これ以上繋がりを持ってはいけないと。

 彼に近付けば近付くほど、関われば関わるほど。深い深い泥濘の奥底に沈められていくような不穏な感覚に陥ってならないのだ。


(復讐さえ…あの女さえ倒せられれば……)


 薬の作用か、何度か倒れそうになりながらも、ヤヲは何とか宿へと戻っていく。

 その後の記憶は曖昧だった。

 どういった足取りを辿ったのか、誰と話したか話していないかも覚えていなかった。

 ただ覚えていたのは、暗く深い闇の中に落ちていくかのような、そんな泡沫の夢だけだった。







   

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