43案
「その作戦なんだが…急きょ変更した」
そう言うとロドの視線がリデ、更に奥の方へと向けられる。
彼の衣服が立て掛けられた椅子の上、そこにまとめられた紙束が置かれていた。
「件の日に…とある場所で近親者だけの会食があるっていうタレ込みがあった。そこで王族貴族一緒くたに葬る。まあ警備は厳重だろうがエナ兵器さえありゃあどうってことはねえだろうってことでな…そこを襲撃する」
「ヤヲ…お願い、その書に目を通して」
「え?」
「お願い」
いつにない強めの口調。
ヤヲは急ぎ紙束を手に取り、頁を捲った。
「参加する王族貴族の名前に…兵たちの配置場所まで……どうやって、これを…?」
眉を顰め、思わず言葉が漏れ出るヤヲ。
これはまさしく近親者―――王族や警備をする者でなければ到底手に入れられないような情報。これが事実であるならば、武力で訴えるだけでなく直に国王と対面出来る。直接会って訴えることも可能だろう。
「どうして…こんなものがあるならもっと早く私たちに見せてくれなかったの? これがあれば……」
「今朝いきなり手渡されたんだよ―――後はお前なら、わかんだろ…?」
そう言ってリデを見つめるロドの目は、先ほどヤヲに向けたものとは真逆の、とても穏やかなものだった。
対してリデは目を細め、握りしめていた拳に力が込められていく。
彼女が抱いている感情が、何なのか、ヤヲにはとても理解出来なかった。
「俺たちの目的は『革命』だ。それは揺らぐことも狂うこともなく決行することに意味がある。それが俺たちの生きる理由だからだ。作戦変更そのためのやり方がちょいと変わったってだけのことだろ。リデ…俺は何か間違ったこと言っているか?」
ロドの言葉にリデは口を噤み、静かに頭を左右に振った。
「わかりゃあ良い…お前は急ぎ明日の出立に備えろ。それとレグに言いそびれたがチェン=タンのジジイに連絡するよう伝えといてくれ」
風呂に浸かるロドは、腕を組み、口角を吊り上げいつもの調子でそう告げる。
と、彼の視線がヤヲに向いていることに気づき、ヤヲはそれと交える。
先ほどまでの敵意はなく、そこにあるのはいつも通りの強気な顔だ。
「……ヤヲ。せっかく元の良い面に戻れたんだろ? だったらまた見失う前にとっとと寝とけ……それと、リデのサポート、頼む……」
その言葉を最後に、ロドは静かに瞼を閉じた。
それから直ぐに聞こえてくる吐息―――ではなく、それは寝息だった。
「寝た…のか…?」
ロドとの会話は、これ以上は無理のように見えた。
ヤヲは色々と、声を掛けたり揺すってみたりしたのだが、全く以って起きそうになかった。
その間にリデは俯いたまま、拳を強く握っている。
「くっ…!!」
やりきれない怒りをその言葉で表し、突然リデは踵を返した。
ヤヲは無言で彼女を追いかけつつ、静かに部屋の扉を閉める。
「リデ…!」
慌てて追いかけ、ヤヲはリデの肩を掴んだ。
急ぎ足だったその歩はようやく止まり、彼女はヤヲを見つめる。
包帯に隠れ、あいにくとその目元は見えなかったが、彼女の憤りが嫌と言う程ヤヲには伝わってきた。
だが、彼にはリデがここまで憤る理由がわからなかった。
急きょ明日出発にすることにしたから?
作戦を突然変えると言われたから?
どう考えても、ヤヲにはわからなかった。
「―――ごめんなさい…イヤなところを見せたわね」
深く息を吐き出し、冷静さを取り戻したのかその口調はいつもと同じ、リデらしい声だった。
ヤヲは頭を左右に振り、彼女に微笑む。
「大丈夫だよ。けれど、色々とあって疲れているんだと思う。だから少し休んだ方が良いよ」
「でも…」
渋るリデの背を強引に押し、ヤヲは彼女の寝室がある通路の方へと向かわせる。
「明日の出発は早いだろうし、レグへの言伝や後のことは僕でやっておくから」
平気だと告げる彼女であったが、その足は時折ふらついていた。
それは無理もない。方々へ歩き回ったし、色々な話も沢山したのだから。
暫く迷っていたリデだったが、彼女の部屋の前に辿り着いてしまうと、仕方がないと言った様子で部屋のドアノブを握った。
「…わかったわ…少しだけ、休む」
が、扉を開ける前に彼女はあることを思い出し、慌ててヤヲへと振り向いた。
「忘れてた、お土産…」
「いいよ。僕から渡しておくから」
いつの間にか、リデが購入していたお土産はヤヲの手に渡っていた。
そのことに気づいた彼女は何処か申し訳なさそうに、小さな声で「ありがとう」と返した。
そうして、彼女の部屋の扉は静かに閉まっていった。
(一昨日から今日までずっと付き合わせてしまったからな…)
実際のところ、ヤヲもくたくたであった。だが、彼にとってそれは心地良くもあり、丁度いい疲労感だった。
「これでもう、心置きなく…いける」
平穏な日常は十二分に堪能した。
決意も固まった。誓いも立てた。
もう思い残すことはない。もう悔いもない。
全ては復讐のために。
自分の全てを捨てて、明日、王都へと乗り込む。
ヤヲは拳を強く握り締め、昂る熱意を義眼に宿らせながら、その場を後にした。
足音が遠くへ消えていく。
それはヤヲが通路の向こうへ去って行ったことを意味していた。
同時に、彼の気配も消えて行ったことを確認し、心の中で見送ったリデは、その直後。
やりきれない怒りを背後の扉にぶつけた。
鉄製の頑丈な扉は、大きな轟音を鳴らし、部屋中に響いていく。
彼女はゆっくりとその場に座り込んだ。
そしてまた一つ、扉にやつ当たる。
「解ってるわよ! 『革命』は止まらない、止められない…だってこれが私たちの念願で悲願だったから……だけど…!」
何度も、何度も。
彼女は床や壁へとその拳を打ち付けた。
次第にその手には熱が籠り、赤みを帯び、鮮血が滴り落ちていく。
「解ってた、けど………ちが、う……こんなの…私たちの…願いじゃ、ない……」
やりきれない怒りと共に、込み上げる哀しみ。
リデは壁へと寄りかかり、頭を押し付けた。
「―――大地を監視せし父神よ…もし力を貸して下さるのであれば……私に、ほんの少しの勇気を貸して下さい……」
暗がりの自室の中。
彼女はその包帯に手を掛けながら、そう呟いた。




