20話
近くにおいてあった椅子に腰掛けると、ブムカイは手にしていたファイルから何やら書かれてある用紙を取り出し聴取を始めた。
「じゃ、まず名前。次に歳ね」
「アーサガ・トルト。歳は25」
「家族構成は?」
「娘一人だ。それ以外はいねえ」
「娘が一人と…じゃあ次は出身地と好きなものと嫌いなもの」
「出身地は―――って、それくらいなら答えなくてもお前も知ってるだろーが」
そう言ってアーサガは今にも掴みかかろうという勢いでブムカイを睨み付ける。
それが本意でないことはブムカイにも理解出来たが、その気迫のある眼光に彼は苦笑いを浮かべて返す。
「一応形式だからさ、ま、知ってることは書いておくとして。で、こっから本題。まず、犯人の顔は見た?」
「見てねぇ」
「犯行グループの人数は?」
「それも見てねぇ」
「じゃあ何をしていたかっていうのも…?」
「知らねぇ!」
アーサガは苛立ちを露わにしつつ、ベッドから立ち上がる。
軋む音を上げ揺れるベッドに続いて、ナスカの身体も僅かに揺れ動く。
しかし彼女は起きることなく、穏やかな寝息を立て続ける。
寝入っている娘を横目に、アーサガは近くの壁際へと凭れ掛かった。
そんな態度の彼を見つめ、ブムカイは小さくため息を洩らす。
「まー…現場は当時、凄い煙だったって報告にはあるからね。そのせいで見てないってなら仕方がない。か…」
そう呟きながら調書に書き込んでいくブムカイ。
だが、見ていないと答えたアーサガだったが、彼はしっかりと覚えていた。
あの煙の中から垣間見えた女の顔を。
決して忘れることのない、あの女の顔を。
「……そーいや一つ、気になる話なんだけどさー…」
調書にペンを走らせながら、ブムカイはおもむろにそう話しを切り出す。
アーサガは二の腕を組んだまま、態度を変えず冷静に彼の言葉へ耳を傾ける。
聴取とは言えこのまま黙秘を続けていればブムカイも諦め、直ぐに解放するだろう。
ならば今は沈黙していれば良い。
何も言わなければ良い。
知らないと言い通せば良い。
やり過ごす自信はある。
アーサガはそう思っていた。
「―――昔、あのカラメル街道…旧スラム街道にアドレーヌ女王様が住んでいたんじゃないかって噂を聞いたんだけどな」
ブムカイの口から彼女の名前が出てくるまでは。
その名前を耳にした瞬間。
明らかなほどにアーサガは反応してしまった。
僅かに目が見開き、身体が強張ってしまったのだ。
即座に通常の態度へと戻したものの、内心では鼓動が高鳴り続けている。
これが普通の人間ならば見落としてくれただろう。
しかし、ブムカイはこれでもアマゾナイト軍に所属する身。
それ以前は旧王国で兵士を纏めていたという。
付き合いも長いそんな彼が、この些細な変化を決して見逃してくれはしないだろう。
今もこうして動揺を必死にひた隠している様子さえも、既に読まれているはずだとアーサガは自身の油断を後悔した。
「つーかそもそも解り易いんだよ。お前がそんなに苛立っているときは大抵アドレーヌ様か家族が関係しているときだ。今回もつまりはそういうことなんだろ…?」
真っ直ぐに見つめるブムカイから視線を逸らし、アーサガは「関係ねーよ」とだけ呟く。
彼なりのせめてもの黙秘であったが、ブムカイにとっては充分すぎる肯定であった。
「やっぱそういう事か。お前、犯人も見たんだろ。そしてそいつをお前は知っている…違うか?」
ブムカイの質問にアーサガは答えようとはしなかった。
ただ黙って顔を背け、もう動揺は見せまいと態度も変えようとしない。
ブムカイはその様子を見やり、クシャクシャの黒髪を掻き毟った。
「おいおいだんまりかよ―――なあ、俺には話してくれないのか? マブッち…友達だろ?」
それはいつもの冗談でも誘導尋問のつもりでもない。
一軍人としてではなく、本当に友人として案じている故の言葉であった。
子連れだというのに命知らずなほどの無鉄砲。
それなのにその辺の軍人以上の功績をいつも残してくれる破天荒な男。
その男が、突撃した現場で無様に倒れていたというのだ。
娘共々怪我はなかったにしろ、見たことも無いくらい青白い顔をしていたという。
そんなアーサガを目の当たりにしてしまっては友として、ブムカイは案じずにはいられなかったのだ。