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リデが求めていた思い出の味に辿り着き、その帰路に立つ二人。
『はしまき』をようやく堪能出来たリデは、終始満足げな表情で歩いている。
店を出て暫く経ったと言うのに、その横顔は幸福と言っているようであった。
「それにしても…どうしてあの店だってわかったの?」
歩く最中、おもむろにリデがそう尋ねた。
確かにあの店は正攻法ならばどうあっても辿り着けそうもない、意表を突いたものだった。
だが、なのにどうしてヤヲは見つけられたのか。
「リデが大切な思い出をちゃんと覚えていたからだよ」
「え…?」
歩きながらヤヲは話す。
「ロドが『いつもの』と頼むくらい行きつけの店で、そして人目のつかないような路地裏にある店…となると浮かんだのが料理店よりも武器を売買している店の方がしっくりくる気がしてね」
ヤヲの言葉を聞き、リデは目を見開き「確かに」と呟く。
「この町でそういった条件の当てはまる店はあそこくらいしかないなと思って行ってみたら…店内の張り紙に書いてあったんだよ。『ムト料理も提供してます』ってさ」
「そ、そうだったの…」
僅かに顔を俯くリデはどことなく不機嫌そうにヤヲには映る。
だが、そんな彼女の横顔を眺め、ヤヲは人知れず笑みを零した。
「…私も、頭が回らなくなってたみたいね…恥ずかしい限りだわ」
ぼやくようにリデはそう話す。
「でも、満足だったんだろ?」
ヤヲに尋ねられるとリデは小さく頷き、微笑みを見せた。
「ええ。お土産も持って帰れるわけだもの」
そう言ってリデは自身の手にある包みを一瞥する。
その包みの中には今頃アジトでご立腹状態だろうニコへのお詫びの土産―――先ほど追加で購入した『はしまき』が包まれていた。
「本当に楽しかったわ……できることなら、このままずっと……」
ヤヲの耳にも届かないような、囁き声。そうして静かに閉じられる唇。
聞き逃してしまったと思ったヤヲは慌てて彼女を見つめ、耳を傾ける。
「ごめん、なんて…?」
「―――なんでもないわ」
しかし。返したリデの言葉と態度は、いつも見せる冷製沈着な彼女のそれに戻っていた。
何事もなかったかのように、リデはヤヲの先を歩き始める。
その後ろ姿はもう、今日を楽しんだ少女の背中ではなく。
冷血な組織員の足取りとなっていた。
「何してるの? 早く行くわよ」
いつの間にか足が止まっていたヤヲ。
リデの言葉で我に返った彼は急ぎ彼女へと歩み寄る。
「ごめん、今行く―――」
だが。何故か彼はふと足を止めた。
「何かあったの…?」
「いや…今、見たことある人がいたような気がして…」
そう言ってヤヲは人混みの中を指差す。
しかし二人が今いる場所は大通りの中。
夕陽も沈んだ時刻ということもあり、そこには酒を求めて日中とはまた違う賑わいが押し寄せていた。
町の至る場所でエナ製の街灯に灯りが燈されていく。
「そもそも…組織の人間以外で見たことある人なんて、いるの?」
最もであるリデの言葉に、ヤヲはその指先を静かに下す。
「そう…だよね…」
そう言って、再び歩き出すヤヲ。
その後、彼が振り返ることはなかった。
「―――どうかしましたか? ヒルヴェルト副隊長」
部下に声を掛けられ、我に返るヒルヴェルト。
彼女は金の髪を揺らし、部下と瞳を交える。
「いや…今、見たことのある顔がいたような気がしてな…」
ヒルヴェルトはそう言うと一人、頭を振る。
(まさか…似ていただけ、か……気が滅入っている証拠かもしれないな…)
そう考え直し、ヒルヴェルトは喧騒の中へと静かに歩き出した。




