36案
服飾品店を後にしたヤヲとリデ。
プレゼント、というだけでこんなにも動きにくくなるものかと、ヤヲは内心息を詰まらせる。
と、同時に昔キ・ネカから贈り物として貰った手編みの帽子のことを思い出す。
(あのときは被るのが勿体なくて部屋に飾っていたら「なんで被ってくれないの」って泣かれたっけな…)
そう思い返し、ヤヲは人知れず笑みを零した。
「―――それでね、次の目的地なんだけど」
「あ、うん。どこ…?」
と、リデの声によって我に返ったヤヲは、慌てて平常心を装い尋ねる。
不意にリデの足が止まり、つられてヤヲの足も止まる。
彼女は少し、口篭もらせながら言った。
「あの…ちょっと、食べたいものがあるの…」
「食べたいもの?」
「ええ…」
そう言って口を閉ざしてしまうリデ。
先ほどから彼女らしくない、何処か言葉を詰まらせた様子に、ヤヲは思わず首を傾げる。
「甘すぎ辛すぎじゃなければ僕は何でも平気だけど…」
「そういうことじゃなくて…昔に食べたことのあるもので、もう一度それを食べてみたくて……」
所謂『思い出の味』というものらしい。
だが何故か一向に歯切れの悪いリデ。
俯く彼女へ、ヤヲは尋ねる。
「じゃあそれを食べに行ってみよう。それでその店は何処に?」
「…わからないの」
「え?」
「その店が何処にあるのかわからないの」
彼女曰く。
昔に一度、食べたきりでそれが何処の店なのかわからず。
今までずっとこのニフテマの町中を探し回っていたとのこと。
リデの歯切れの悪さの正体はどうやらそのことらしく、ようやく納得したヤヲは改めて聞く。
「まあ、店がわからなくても探し方は色々あるよ。例えばどんな料理だったのか、とか…」
その言葉を聞くなり、リデは再度ゆっくりと歩き出す。
腕を組まれているヤヲもまた、同時に歩くこととなる。
「…まいたヤツ」
「え?」
顔を顰めるヤヲ。
と、リデは頬を膨らましているかのような顔つきでヤヲの方を見る。
包帯の隙間から覗く頬は、これまでにないほど紅く見えた。
「ガレットを棒でまいたみたいなヤツなの」
「えっと…つまりは?」
ヤヲは真面目に、もう一度尋ね直す。
ガレット。というものが水に溶いた粉を薄焼きにしたもの―――という、かいつまんだ知識はある。
だがそれ自体は全く見たこともなく。それを棒で巻いたものなど、彼には想像すらできなかった。
「…私も良くは覚えてなくて。でも、そういった感じだったのよ」
随分と具体性の欠ける表現と思いつつ、ヤヲは静かに吐息を洩らす。
まるで謎かけのような料理に早々と匙を投げたくなるが、リデの一目瞭然な態度を見てはそうするわけにもいかない。
「とりあえず町の人に聞き込みながら探してみようか。リデの思い出の味」
ヤヲはそう言い、リデの頭をポンと軽く撫でる。
変わらず口をへの字に曲げたまま、顔を真っ赤にさせているリデであったが。
彼女は喧騒に呑みこまれるほどの小さな声で言った。
「…ありがとう」
こうして唐突に始まったリデの思い出の味探し。
だがそれは『ガレットを棒で巻いたやつ』という随分と曖昧な情報しかない料理を探す、という高難易度のもの。
しかもこのニフテマの町はそれほど大きな町ではないものの、料理店の数はここいらでは随一らしく。
まさに、雲を掴むような状況であった。
「―――失礼しました」
とりあえずヤヲは道行く人や店の店員などに声を掛けては、彼女の言った料理がないかどうか尋ねた。
が、それを知る人物や、扱っている店を知る者は全くおらず。
今も答えてくれた人へ丁寧に頭を下げ、去って行くその後ろ姿をヤヲは見送ったところだった。
「これで何人目かしらね…」
そう言ってヤヲの後ろから姿を現すリデ。
彼女の風貌は色々と目立ってしまうため、尋ねる役はヤヲ一人で行っていた。
「私も手伝えたら良かったのに」
「その見た目はただでさえ悪目立ちしちゃうからね。ここは僕に任せてよ」
しかし、申し訳なく思っていたリデはただじっと待つことも出来なかったらしく。
その手には果物のジュース入った瓶が二つ握られていた。
「買ってきたの。ちょっと休憩しましょう?」
「……そうだね」
彼女の手前、平気なふりをしていたヤヲだったが、正直なところ心身共に疲弊していた。
アジト内とはまた別の騒々しさに、悪い意味で酔ってしまったようだった。
二人は町の一角―――適当な壁へと寄りかかり、コルク栓を抜いた。
溢れ出る柑橘の香りに癒されつつ、ジュースを一口飲む。
心地良い甘さが口内に広がり、疲れを癒してくれるようだった。
「…不躾な質問なんだけど、思い出の味について…聞いても良いかな?」
隣に立つリデはジュースを一口飲み、口を開く。
「本当に不躾ね。他人の過去話を聞くなんて」
「ごめん」
だが、彼女は拒否することはなく。
おもむろに語り始めた。
「…それはね、ロドと始めて出会った日の味なの」
リデの言葉に、ヤヲは静かに耳を傾ける。
その思い出は―――彼女がまだ10も満たない年頃のときのことだった。




