33案
「―――なるほど、このナイフから飛び散る特殊な粉に弾き落とされていた針が反応して、飛び込んできていたという仕組みか…」
そう言いながらヤヲはリデから奪い取ったナイフを見つめていた。
それは一見どこにでもあるようなただのナイフだ。
だがその刃先に触れると、欠けたわけでもないのに鉄粉のようなものが飛び散るように出来ている。
飛び散った粉末は皮膚や衣服に纏わりつき、そう簡単には取れないように作られていた。
「この粉末はエナ石から作られてるらしくて、ナイフの起動スイッチを押すと微細なエネルギーを発生させて、刃先が同じ属性で出来ているこの針を引き寄せ突き刺さるっていう仕組みみたい」
リデはヤヲに突き刺さった針の抜き取りを手伝いつつ、そう説明する。
針を抜き取られる度にその痛みで顔を顰めるヤヲ。
だが痛みこそ伴うものの、その針自体はそれほど大きくもなく、殺傷能力は低いと思われた。
「こんな人並み外れた武器を作れるのは…」
「そう、チェン=タンが開発したもの…彼によると『電磁石みたいな仕組み』と言っていたけど…」
ただの石粉と弾き落としたはずの針。
それらが突如、互いを強く引き寄せ合い、まるで仕掛け矢のような武器へと変貌する。
殺傷能力自体は低いとはいえ、こんな想像外の武器を見た敵たちは、誰もが恐れ戦くだろう。
ヤヲも起動源であるナイフを奪っていなければ、未だ訳も分からず針だらけになっていたかもしれない。
「けど結局…貴方の左腕に負けたわ」
「そんなことはないさ。君の言う通り左腕に過信していたところもあった。指摘されてまだまだだと痛感したよ」
ヤヲはそう言って苦く笑ってみせる。
まだまだ力が足りない。
もっと力をつけなければならない。
改めてそう実感するヤヲ。
気がつくとリデも似たような表情を浮かべていた。
が、彼女の理由は自分の力量に、ではなく―――。
「……ごめんなさい、その、穴」
ヤヲの衣服の方を気にしていた。
リデが指差す箇所には小さな穴がいくつも出来ていた。
それは針が刺さった際に貫通して出来たものだった。
「実は…この武器で実践したの、今回が初めてで」
「そんな気はしていたよ」
眼鏡を押し上げながら苦笑するヤヲ。
今回のリデの戦い方には不慣れな動きがいくつかあったと、彼は見抜いていた。
「本番では麻酔薬を塗った針で刺して敵を足止めするためにって作られたものなんだけど……訓練しようにも相手がいないとコツもつかめないし…相手がいたとしても、その…」
「まあ、ニコやレグたちより僕の方が針を弾き易いだろうしね」
そう言ってヤヲは自分の左腕を一瞥する。
事実、左腕にも針は飛んできていたが、突き刺さることなく引っ付いていただけであった。
「ごめんなさい…その腕なら絶対避けてくれると思って…そう思ったら、試さずにはいられなくて……」
リデは顔を俯きながらそう話す。
まるで反省をしている少女のように、その顔は幼く赤く映る。
「大丈夫だよ。僕も良い経験になったから」
ヤヲはそう言うと右手でリデの頭を撫でた。
もう、かつてのように彼女の声が恋人と被ることはない。
だからこそ、こうして優しく穏やかに撫でてあげることが出来るようになった。
そんな一方で、リデは驚いたように慌てて顔を上げた。
「止めて、子供じゃないんだから…」
「僕から見れば子供…というより妹のようなものだけどね」
と、その言葉を言った途端。
リデは今度、不機嫌そうに顔を背ける。
どうしたのかと内心首を傾げるヤヲであったが、直ぐに彼女が機嫌を取り戻したため、それ以上考えることは止めた。
「……それでね、せめて私にお詫びさせてほしいの」
「お詫び…なんてしなくて良いけど」
「だめ、昨日の約束…覚えてる?」
そう言われ、ヤヲの脳裏に浮かんだのは先日のリデの言葉。
『じゃあ…今度、私の私用に付き合ってくれる? それなら貸し借りなしになるでしょ?』
ああ、と頭を抱えつつ思い出すヤヲへ、リデはあるものを強引に手渡した。
「一回仮眠を取ってから…それからこっそり来て? その先で待ってるから…」
そう言い残し、リデはそそくさとその場を去ってしまった。
一人残されたヤヲは未だ抜き終わっていない針を一瞥してから、手渡されたそれを見つめる。
掌に握らされていたもの―――それは臨時用だろうアジト出入り用の『鍵』であった。




