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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
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29案

    







 ヒルヴェルトはおもむろに夜空を見上げた。


「…謝って済むわけがないことは痛いほど解っている。だが…私はもう、非情ではいられなくなってしまった…だから、こうして詫びねばどうにもできなくなっているんだ」


 漆黒の夜空に浮かぶ月。

 こうしている今も何処かで、月明かりの下で隠れ潜んでいるネフ族たちがいる。

 そんな、ネズミの如き彼らは害悪でしかなく、彼らの存在自体が争乱を呼ぶのだ。と、かつての国王は宣言した。

 確かに歴史を紐解いても、ネフ族との抗争は耐えることなく続いている。

 彼らが過去に起こした悲劇や争いは、決して許されるものではない。

 だが―――だからと言って、本当にネフ狩り(こうすること)が正解なのだろうか。

 彼らと話し合う道だってあったはずなのに。

 最近のヒルヴェルトはそう思い悩むことが多くなっていた。


「ネフ族…いや、イニム族たちよ。お前たちも安らかに暮らしたいだろうに…」


 風が強みを増す。

 木枯らしは宙を舞い、彼女の一つ束ねの金髪も揺れた。


「…確かに彼らは未だに悲劇を生んでいる。その犠牲によって泣き崩れた家族もいる」


 彼女はそう言って自身の腕を掴み、その爪を食い込ませる。力強く、痕が残る程に。

 

「だが。同じように我らも彼らにとっての悲劇を生んでいる……このままではどちらが殺戮者なのか…解らないではないか…」


 ヒルヴェルトは人知れず顔を顰める。

 彼女もまた、自分の私情から『ネフ族狩り』の任に率先して赴いていた人間の一人だった。

 だが、こうした惨状を目の当たりにしていくうちに、悲劇を生んでいくうちに、気付いてしまった。

 王国は間違っている。と。

 その矛盾にようやく気付いたヒルヴェルトは、『ネフ族狩り』の任で剣を振るう理由を変えた。

 冷血女を演じながら急所を外してはネフ族(彼ら)を生かし、物陰に隠れ潜む女子供を見逃し続けてきた。

 この里でも当然そうするつもりであった。

 子供たちが慣れない足取りでこの小滝へ逃げて行ってことは感付いていた。

 だから、ヒルヴェルトはあの子たちだけは見逃そうと思っていた。

 珍しく抵抗して皮肉まで返してきた若者もいたが、そうした男の腕でも戦利品として見せれば、誰も疑いはしない。

 彼女はそう思っていたのだ。

 しかし、それはあの爆発によって稚拙な反逆として終わってしまった―――。





「そもそも一体誰が部下(ダントン)にあのような兵器を渡したのだ…あんな悍ましいもの…開発されていたとも聞いたことがない…!」


 飴玉に擬態させたエナ製の爆発兵器。

 他の部下に尋ねたところ、皆そのようなものは所持しておらず、存在すら知らないようだった。

 後にヒルヴェルトは王城内にあるエナ研究室で働く妹にも尋ねたが、そのような兵器は知らないと答えた。

 むしろそこまでの技術力はないとさえ、彼女は答えていた。


「これ程の規模の爆発は相当な純度のエナでなければ起こせない、と…その精製方法は未だ開発さえされていないだと……では一体何がこの惨状を生み出したというのだ! 誰が…ダントンを利用してこんなことをさせたのだ…!」


 その真相については最早、死人に口なしとなった部下しか知らず。永遠に闇の中となってしまった。

 この惨状も、歴史に記されることなく闇の中に消えていってしまうことだろう。

 そんな、まるで何かの掌の上で踊らされているような感覚に、ヒルヴェルトは憤りを感じていた。





「―――ヒルヴェルト」


 その声に気づき、ヒルヴェルトは慌てて振り返った。

 するとそこには一人の男がいた。

 彼女と同じ軍服を纏い、その胸には彼女よりも一階級上を表す勲章が飾られている。


「キミツキ隊長…」

「こんなとこにいたのか。探したぞ…」


 短めの黒髪を軽く掻きながら苦笑を洩らす男。

 そんな男へヒルヴェルトは敬礼し、それから深く頭を下げた。


「エヴァン・サムルとカルマ・リードの件…私の監督不行き届きでした」


 キミツキ隊長と呼ばれた男は、眉一つ変えぬ顔で遠くを見つめている。

 彼の見つめる先には、変貌した滝跡にもめげず、川であろうとする水の流れが見える。


「気に病むことはない。事故だったんだろう?」

「…はい」


 それは『岩場の滑落による事故』という虚偽の報告だった。

 亡骸(彼ら)の喉元の鋭利な傷痕を追及されれば、即座に暴かれてしまうような。

 アマゾナイトだけでなく、部下たちをも裏切るような行為だ。

 だが、それに対しキミツキは何も言及しなかった。

 だからこそ、ヒルヴェルトは余計に胸が痛んでいた。


「しかし全ては私の責任です。何事にも油断せぬよう細心の注意を払うよう、もっと強く言っておくべきでした。そうすればこのような事態に…更に部下を失うような過ちを犯すことは―――」

「ヒルヴェルト」


 ヒルヴェルトの曇った表情を一瞥し、キミツキは静かにため息をつく。


「君は我が第二十連隊になくてはならない存在だ。剣術の才もあり知識も長けている」

「恐れ入ります」

「だがな、最近の君はどうにも常に迷いが伺える。そういった奴は何事においても真っ先に命を落とすもんだ…」


 彼の言葉の意図を察し、ヒルヴェルトはより一層と顔を顰める。


「承知しています。夫に先立たれた今…大切な我が子こそが私の守るべきもの、全てです」

「そうだ。だからこそ…そのためにと、君は剣を振り続けろ。迷いは持つな。情けを抱くな」


 冷たい風が頬を撫で吹く。

 焼け焦げた木々は寂しい音を奏で、その後はまた、しばらくと無音が続く。

 と、ヒルヴェルトは静かに口を開いた。


「……ですが、大切な息子の未来を憂うからこそ、私は考えてしまうのです。果たしてこのまま暴力を振るう先に平穏があるのか、と…このままではかつて『暗黒三国時代』と呼ばれた醜い争乱を再度繰り返すだけなのでは…と」


 キミツキと視線を交えるヒルヴェルト。

 彼女のその双眸には、戦場に臆したわけでも恐れているわけでもない。自分の信念を貫きたいからこその迷いが燻っていた。







    

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