27案
時は夕方を示していた。鱗のような雲は紫に染まっている。
そう言えば、雨曇りだった空はいつの間にか雲一つない、快晴となっていた。
「アジトに戻ろうか…」
「…墓作りは止めたの?」
「ああ。僕のせいでこれ以上此処にいるのは危険になってしまったからね」
リデの問いかけにそう答えながら、ヤヲはおもむろにアマゾナイトの兵たちの亡骸を一瞥する。
放置したまま立ち去ることに一抹の不安があるリデだったが、下手に亡骸を隠そうとして時間を潰すより、一刻も早く此処から逃げた方が賢明だというヤヲの案を受け入れることにしたのだ。
「それに…皆の墓は心の中で刻むことにしたよ」
何時になく清々しく聞こえる声。
ヤヲはそう言った後、踵を返しさっさとその場から立ち去っていく。
リデも後を追うべく彼の傍らに付いて行く。
(何かに吹っ切れたってところね……それならそれで…来たかいがあったのよね…)
憑き物が落ちたのか、はたまた別の何かに憑りつかれたのか。そんなヤヲの横顔に、リデはふとそう考える。
それは、組織としては喜ばしいことであるが、リデとしては複雑な心境であった。
(―――そうよね、それがロドの望みなら…私はそれに従うだけ…)
そう思い、彼女はヤヲの知らないところで独り、胸を締め付けていく。
「さて、と…ここからアジトに戻るまでまた丸一日かかりそうだけど…」
ヤヲはそう口を開くと、おもむろに空を見上げた。
暮れなずむ空。後何刻か経てば、日も沈むだろうという時刻。
本来ならば何処か落ち着ける場で夜明けまで一休みしたいところだった。
「このまま休まず戻ろう」
想定内の言葉にリデはため息を漏らしつつ、「そうね」と返す。
「貴方のお蔭で休んでなんかいられないものね」
少しばかり怒りが込められたその返答に、ヤヲは頭を下げることしか出来ない。
「ごめん」
「そう言ってるけど、反省なんてしてないんでしょ? なら謝罪も不必要よ」
お見通しであるリデに再度、ヤヲは「ごめん」と謝罪する。
と、彼女は次の瞬間。まるでウサギが跳ぶかのように地を蹴り、あっという間に草陰の向こうへと姿を消してしまった。
自分のせいでこんなにも振り回してしまい、それは流石に不機嫌にもなるか、と。ヤヲはそこでようやく反省の色を伺わせる。
「これは…後々面倒なことになりそうだ…」
リデに返さねばならない『借り』に少しばかり不安を抱きつつ。ヤヲは急ぎ彼女の後を追おうとする。
が、その前に。最後にもう一度だけと、彼は背後へと振り返った。
見るも無残に滝の跡形もなくなってしまった、滝の残骸。
その岩場は改めて見ると、それ自体がまるで大きな墓標のようにも見えた。
山の向こうに沈み行く夕陽を受け、燃えるように紅く染まる滝の残骸を見つめ、ヤヲは深く頭を下げた。
「…君たちの復讐を果たせたそのときに…また来るから……」
そのときは彼女が大好きだった真っ白なリーリエの花を持って。
そんな想いを馳せヤヲは、闇夜に染まり始める森林の奥深くへと姿を消していった。




