表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
204/360

26案

       








「僕は…アマゾナイトを…国を…踏みにじった奴らを絶対に許すわけにはいかない…」


 自分に言い聞かせるように、ヤヲは言った。

 大切な仲間たちと、最愛の人―――そして新たな命を踏みにじった者たちを、許したくはない。

 

(…そうだ。この怒りだ。何故こんな大切な感情を、忘れてしまっていたのだろうか…)


 ヤヲはゆっくりと、しっかりと、その感情を思い出していく。忘れかけていた感情を思い出していく。

 湧き上がるそれはまるで水を得た魚の如く。

 黒く黒く、彼の中で勢いよく駆け巡っていく。


「―――そのために、僕はこの手と眼を手に入れたんだから…」


 そう言ってヤヲはあの日、気を失うまでの記憶を呼び覚ます。

 出会ったアマゾナイト―――ヒルヴェルトと呼ばれていた女軍人。

 あの女が全ての原因だと、後から来た仲間の男は言っていた。

 偽りの情けを向けておきながら、その裏で残忍かつ冷酷なことを命じていた女。

 あの女だけは、何があっても必ずこの手で―――。




 ヤヲは改めてそう決意し、その義手で掴んでいた石を勢いよく砕いた。









「―――しっかりして、ヤヲ!」


 と、突如リデの叫び声により、ヤヲは正気に戻る。

 酷く焦った、上擦った声を出していたリデ。

 急ぎ彼女の方を見ようとするよりも早く、別の声がヤヲの耳に届いた。


「何者だ、貴様ら…此処らは立ち入り禁止だぞ」


 振り返った先には男が二人。

 深緑色のその服装は間違いなくアマゾナイトの制服だった。

 彼らは困惑した表情で此方の様子を伺っているようだった。


「まさかまだこの辺に居たなんて…まずいわ…」


 リデはそう呟きながら素早くフードを目深に被り、その青髪を隠す。

 幸いにも軍の男たちはこちらの正体に気付いていない。

 それならば道に迷ったなどと言って上手くやり過ごした方が良い。

 そう囁くリデを後目に、ヤヲは自然と男たちへ向かい、歩いていく。


「ちょ、ちょっと…」


 ヤヲから放たれる殺気立った気配。

 そんな彼にリデは動揺を隠せないでいる。

 一方でそれはアマゾナイトの男たちも同様だった。


「もしかして貴様ら…里の生存者か…?」

「馬鹿な…この一体のネフ族は殲滅したはず―――」


 が、次の瞬間。

 男たちが鞘から剣を抜くより早く。

 ヤヲは左腕の包帯を緩めた。

 白布の隙間から覗く金属の腕―――男たちがその輝きを垣間見たときには、既に遅く。


「ッ……!」


 断末魔を上げる暇も無く、男たちはその場に崩れ落ちる。

 力なく、呆気なく倒れた男たちの喉元には、ナイフが深く突き刺さっていた。

 見ると、ヤヲの指先が欠けていた。

 倒れた男たちに歩み寄るヤヲは無言のまま、刺さったナイフを抜き取る。

 それから、鮮血に塗れたそのナイフを拭うことなく、指先へと再びはめ込んだ。


「指先が飛びナイフなんて…まさに凶器の塊ね」


 リデはそう言って肩を竦め、ヤヲの元へと駆け寄る。

 倒れているアマゾナイトたちは確実に急所を突かれたらしく、絶命に近い状態だった。

 彼女としては後々面倒なことが起こらないように、戦闘は避けたかったのだが。こうなっては仕方が無い。

 そう思いつつ、リデはため息を漏らした。


「この男たちの始末は私がするから…貴方は早く里の皆のお墓を……って、ねえ、聞いてるの?」


 ヤヲはリデの言葉を聞かず。

 己の左手を見つめていた。

 鮮血に染まった刃の指は、いつもとは違ったもののように映って見えた。


「紅い…」


 仲間たちの墓も、最愛の人の亡骸も、始めから必要なかったのかもしれない。

 血に濡れた手。それさえあれば良かったのだ。

 

(これで…もう後戻りは出来ない……)


 紅色。赤。

 それは血の色であり、夕焼けの色であり、炎の色であり、そして愛しい者たちの瞳の色。


(…この色はもう僕の瞳にはないけれど)


 だが、流れる血は同じ色。

 ヤヲはそれを忘れないように。それが血判だと決意するかのように。その血痕(赤色)を目に焼き付けていく。


(この色こそが―――僕の復讐の色なんだ)








   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ