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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第一篇   銀弾でも貫かれない父娘の狼
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18話












 賑やかな夕食も終わり、親子はまたそれぞれの時間を監視付きの医務室で過ごしていた。

 アーサガは相変わらず銃の手入れに余念がなく、ナスカは読み手をハイリへと変えて彼女の語る本の内容を真剣に聞いていた。

 先ほどまで読み聞かせていたリュ=ジェンはと言うと、夕食がまだ尾を引いており椅子に持たれかかったまま言葉を吐く余裕すらない様子でいる。


「『じょうおうはいいました。すべてのひとがしあわせでありますように。そして…』―――」

「どうしたの?」

「ナスカちゃんは、自分では本を読まないんですか?」


 素朴な疑問としてハイリは投げかけたわけだったが、その質問にアーサガがピクリと反応し、眉を顰める。

 ナスカは彼女の質問へ首を縦に振って答えた。


「読んでみたらどうですか? ほら、ここから」

「………よめない」

「え? 読み書き出来ないの…歳はいくつ?」


 俯くナスカを優しく、ハイリは顔を覗き込みながら尋ね続ける。

 ナスカは膝上の両手を広げて見せると、静かに右親指だけを折り曲げてから言った。


「9…」

「それならナスカちゃん、良かったら読み書き覚えません?」

「―――うるせえな」


 突然乱入してきた低い声に、ハイリは驚き目を見開く。

 それからベッドの方を見つめた。

 ベッドに腰掛けていたアーサガは、彼女から視線を背くように顔を窓の方へと移し、続けて話す。


「ナスカが読み書き出来ねえことが悪いのか? ちょっと前の大戦中なんざ出来ねえ奴なんてゴロゴロ居ただろうが」


 これまでの悪態や皮肉と比べものにならないほどの、違う怒りを露わにするアーサガ。

 何処が失言だったのか焦るハイリはただた彼の急変した態度に竦んでしまい、謝罪の言葉を口にする。


「すみません…ですが―――」


 確かにアーサガの言う通り、大戦時代は学習など出来る子供はほとんどおらず。

 その影響もあって未だに読み書きが出来ないでいる大人も多い。


「ですがこれからの時代、読み書きは必要です。ナスカちゃんも是非覚えた方が―――」

「余計なお世話なんだよ…!」


 ハイリは開いていた口元を急ぎ噤み、自分が口走った言葉を後悔した。


「ナスカは俺がちゃんと育ててんだ…俺の子なんだ。他人のくせに人の子の問題に口出ししてくんじゃねーよ!」


 アーサガが舌打ちし、怒声に近い声でそう叫んだからだ。

 それはまるで仔を守ろうと威嚇をする親の動物そのもののようで。

 『他人』という言葉と共に冷たい何かがハイリへ突き刺さっていき、身体は自然と震えていた。

 その後も激怒してしまったアーサガを宥めるべく、ハイリは頭を下げ続け謝罪することしか出来ず。

 終始項垂れたままであったリュ=ジェンからの加勢や仲裁も入ることはなかった。

 無神経な質問をしてしまった自分にも非はあったとハイリは猛省する。

 しかし、その反面。

 彼女は彼ら親子―――特にアーサガから伝わって来る違和感のような何かを抱かずにはいられないでいた。




 その後もアーサガたちは監視から解放されることなく医務室で過ごし、結局夜もそこで迎えた。

 就寝時間は流石にハイリたちも退室する形となったが、それでも時折ドアの向こうから会話が漏れ聞こえていたところみれば、誰かしらは見張っているのだろうとアーサガは考察する。

 本来ならばさっさとこのような場所から飛び出て行きたい、早くあの女との約束の場所へ向かいたいアーサガであったが、事を荒立てることは彼としても出来るだけ避けたいのだ。

 今だけ大人しくしていれば明日には解放してくれるだろう。

 そう信じながら、彼は静かに瞼を閉じ眠りについた。









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