21案
「はあ? 用事だと…?」
ロドが素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。
と、ヤヲは彼を見つめながら冷静にそう思った。
「今組織がどういう状態か解って言ってんのか…?」
「はい。理解している上で外出の許可を頂きたいと思いまして」
ゾォバは今『革命』のその日に向けて準備を進めている。
分解した兵器を積み荷として少しずつ王都へと運び、そこで再度組み立てている。
組織のメンバーも分散しつつ、王都を目指す予定となっている。来たる日は近い。
そんな中での計画とは無関係の外出を、そう簡単に許すわけがない。
それでも、ヤヲは願い出て頭を下げていた。
「こんなクソ忙しいかつ重要な局面で勝手に出かけて、そこで騒動でも起こされようものなら…全部台無しになっちまうだろって話なんだがな……」
ソファに座り込み、顰めた顔をヤヲへと向けるロド。
彼は背もたれに寄りかかると深くため息をつき、言った。
「―――と、まあ…本来なら許可なんざ出せるわけもねえんだが…」
と、ロドは後頭部を掻き、遠くを見つめる。
「此処しばらく続いてる雨のせいで兵器のいくつかがまだ王都に運びきれてねえからな…」
積み荷に隠した兵器の移動には、ケモチ川が利用されていた。
ケモチ川は王都へと続く大河であり、貨物船も頻繁に行き来されている。
それ故にアマゾナイト軍や王国騎士隊の監視も掻い潜り易いのだが、ここ最近の雨によって川が増水しており、船が利用できなくなっていた。
「最近はホント…運がねえもんでな。女神様が時期尚早だとでも言ってるのかね」
ロドはそう付け足し、軽く笑い飛ばす。
「ま、そんなわけで作戦決行までまだ時間はある。2,3日くらいでちゃんと戻って来るってんなら自由にすりゃあいい」
足を組み変えながらロドはそう答えた。
随分余裕のある反乱組織だと、内心ヤヲは思いつつも、外出の許可を貰えたことは素直に感謝した。
「ありがとうございます」
丁寧に再度、頭を下げるヤヲ。
するとロドは高圧的なあの瞳でヤヲを見下ろして言った。
「そもそも…そんな迷いのある顔されちゃあ、俺たちにとっても迷惑なだけなんでな。少し考え直すなりして来いよ」
彼の言葉にヤヲは眉を顰める。
顔に出していたつもりは微塵もなかった。
むしろ充分隠し通せていたと、ヤヲは思っていた。
意外なロドの言葉に、思わず閉口してしまうヤヲ。
相変わらず高圧的な言動は一向にいけ好かないままだが、この全てを見透かしたような着眼点が、彼を組織のリーダーたらしめるのだろう。
その才ばかりは、ヤヲは純粋に羨ましく思えた。
「…はい、そうさせてもらいます」
ロドの部屋を出たヤヲは、早速外出の支度を始める。
と言っても持っていく荷物はほとんどなく。
素顔や物騒な義手を隠すためのコートだけを手にする。
そしてその足でそのままアジトの外へと向かう。
と、アジト出入り口の扉前に人影を見つけた。
「―――なるほど、『鍵役』の監視付きとは随分な自由だよ」
そこに待っていたのはリデだった。
『鍵役』として扉の開閉に来てくれたのかと思ったのだが。
彼女の腕には、ヤヲと同じく外出用のコートが掛けられていた。
「ぼやかないの。これでも充分な特別待遇なんだから」
眉間に皺を寄せるヤヲとは対照的に、リデは笑みを浮かべる。
恐らくロドから直ぐに指示され、先回りしていたのだろう。
シャワーにでも入っていたのか、髪が少し濡れている。
顔に巻かれている包帯も、いつもよりも乱雑に見えた。
ヤヲは僅かに顔を俯かせる。
「それに…わざわざ僕の私用に君を付き合わせてしまうのは申し訳ないよ」
今回の用事とは―――ヤヲが自分の迷いと決着をつけるためのもので。
そんな私用に他人を巻き込むつもりは毛頭なかった。
こんな身勝手な言い訳に、彼女を同行させたくもなかった。
「扉さえ開けてくれればいい。必ず戻るから…独りで行かせてくれないか?」
だが彼女は「だめよ」と、頭を振る。
と、彼の思いを後目にリデは微笑のまま言う。
「じゃあ…今度、私の私用に付き合ってくれる? それなら貸し借りなしになるでしょ?」
名案とばかりに何処か得意げそうに語るリデ。
一方でヤヲにとってはただただ、気が重くなるだけの制約なのだが。
しかし、彼女が監視として付いてくることは決定事項のようで、諦める他ないようだった。
「……わかったよ」
その直後に見せてくれたリデの口元は、今まで見たどのときよりも年相応の笑顔にヤヲには見えた。




