16案
あの決起集会から十日近く。外では雨が続いていた。
比較的雨の多い地域ではあるが、それでもこの時期は珍しいものだった。
チェン=タンのような博士からすると天候にも理屈があると断言していたが、ヤヲはそれを信じていない。
ネフ族において、雨はこう信じられているからだ。
「―――大地が泣いているわね」
その声が聞こえ、振り返るヤヲ。
そこにはリデがいた。
彼女は革製のコートを羽織っており、そのフード下から包帯で巻かれた顔を覗かせている。
ヤヲは彼女の言葉に軽く答えるだけで、直ぐに目線を逸らした。
「僕としては一刻も早く帰路に就きたいところだけど…」
ヤヲたちは今、町の商店通りに来ていた。
アジトへの物資調達—――買い出しが目的だった。
が、本降りとなってしまった雨粒は彼らのコートを濡らし続け、身体は冷えていく一方。
ヤヲの義手も気のせいか痛みのような動きの鈍さを感じている。
だが、二人がいつまでもそこに突っ立っているのには理由があった。
「ごめんごめ~ん。後もうちょっとだけ待ってて~」
そう言って二人へ無邪気に微笑むのはニコだ。
彼女は再度視線を露店に陳列された商品へと移す。
店主の男も早く店じまいしたいらしく、苛立ちが目に見えてわかる。
そんな様子をしばらくと傍観させられているヤヲとリデは、互いにため息を漏らした。
「…ねえニコ、何に迷ってるの?」
流石にこれ以上待つことは出来ないと判断したリデは、見兼ねてニコの傍らへと寄り添う。
店の商品を間近で見つめ続けていたニコは両手にそれぞれ髪飾りを取って見せた。
「これとこれ~」
「そう…黒花の髪飾り、ね」
彼女が迷っている髪飾りはどちらも黒い花をあしらったものだった。
しかも迷う、といっても硝子製か木製かくらいの差である。
他にもっと女の子が喜ぶような華やかなものや綺麗な髪飾りも陳列してあるというのに、だ。
「黒い花が好きなんて珍しいね」
「えへへ~、だってね!」
「…ニコは古代クレストリカ美語で『黒い花』という意味だからよ」
リデがそう説明する隣で誇らしげに笑っているニコ。
ヤヲはそんな彼女へと笑みを作り、返す。
その内心では命名者だろうロドの顔を思い返し、誰にでも意外なセンスはあるものだと、少しばかり感心していた。
買出しが終わったものの、雨は一向に止んでくれそうになかった。
ヤヲの義手は軋み、治癒されたはずの傷が、何故か痛む。
だが彼自体は雨が嫌いなわけではなかった。
ネフ族にとって雨とは、『父なる大地』が悲しみと苦しみを洗うべく流す『癒しの涙』として伝えられているからだ。
ヤヲも昔はよく雨が降ると外へ大喜びで飛び出していた。
冷たく、しかし心地良いそれに当たり、自分の気持ちを浄化していた。
今となっては冷たささえも、その手には感じられなくなってしまったが。
「雨が好きなの?」
「…どうして?」
突然の質問にヤヲは思わず尋ね返してしまう。
するとリデは「何となく」と、口元に微笑みを浮かべる。
「嫌いではないよ…久しぶりの外なのもあって、気持ちいいくらいだね」
そう言ってヤヲは空を見上げる。
顔面や眼鏡に当たり濡らしていくそれを肌で感じていると、彼女もヤヲと同じくフード越しに空を見上げた。
「私も…嫌いじゃないわ」
みるみるうちに濡れていく包帯が、彼女の輪郭を映し出す。
雨水に滴るその横顔は、清らかな花のようだと、ヤヲの瞳には映った。




