13案
まさに獣道といった野道を軽々とした足取りで駆けていくリデ。
ときに突出した枝をひらりと交わし、剥き出た根を飛んで避けていく。
目元は未だ包帯で覆われ隠されたままであるというのに、だ。
そんな身軽なリデに、負けじとヤヲもまた必死に駆けて付いて行く。
と、気付けば彼女はいつの間にかフードを深く被り、顔を隠していた。
同じく顔を隠した方が良いのかと思いつつ、ヤヲはずっと気になっていた疑問を彼女へと投げかける。
「あの…」
「どうしたの?」
声を投げかけられたリデは歩調をヤヲに合わせ、答えた。
その気遣いに申し訳なく思いながら、ヤヲは尋ねた。
「貴方はこの組織にはいつから…?」
「…5年前だけど…それが何か?」
振り返った彼女にヤヲは慌てるように視線を逸らす。
包帯で隠されているはずの瞳なのに、まるで見えているかのように、彼女の反応は素早い。
リデはまた前を向き直すと、その姿勢のままで口を開いた。
「見てわかる通り、私はネフ族よ。国のネフ狩りに遭って全てを失ったわ」
淡々とそう語る彼女だが、この組織に加わるほどだ。
その憎しみは痛いほど理解できると、ヤヲは人知れず顔を顰める。
と、リデはおもむろにヤヲへと顔を向けた。
「そういえば、私に敬語は使わなくて良い…敬語って苦手なの」
「———解った」
二人は会話を終えると再度、雑木林の中を駆けていく。
リデの背を見失わないよう追い続けるヤヲだが、ざわつきを抑えられない心中のせいで表情は終始硬い。
彼女の声はヤヲにとって、毒のようなものだった。
『敬語は使わないで。私、貴方と親しくなりたいから』
それはかつて愛した女性が、初対面時に言った言葉だった。
彼女は穏やかで優しく明るくて、かけがえのない女性だった。
そんな彼女と同じ声をしているリデは、ヤヲが捨て去ったはずの思い出を引き起こさせてしまう。
復讐者から只の人に戻してしまう、そんな声だった。
「―――キ・ネカ…」
自分自身でも気付かぬうちに、彼は無意識にその名を呟いていた。
「此処が私たちの今のアジトよ」
ニフテマの町は王都エクソルティスより北北西に位置する町だ。
主に太古の技術—――絡繰りや機械と呼ばれた時代の技術やエナ技術―――を復活させるべく、研究と開発が盛んな町となっている。
リデがそう説明しながら案内した先、アジトがあるという場所はニフテマの町の一角だった。
一見するとなんの変哲もない廃工場だ。
「元々この工場は馬の代わりとなるエナ製の乗り物を開発していたらしくて…エナ技術の使用が禁止だった時代は馬車の製造工場だったらしいけれど。そういうわけでこの工場は他よりも大きめで…兵器を隠すにはうってつけなのよ」
リデはそう言うと廃工場内奥へと歩いていく。
窓という窓には全て板が張り付けられており、場内は日中だというのに随分と暗い。
しかし彼女は迷うことなく工場内を歩き、ある場所で止まった。
手探り状態で進んでいたヤヲは前方のリデが止まったことで慌てて足を止める。
「ここよ。此処に地下室があるの」
「こんなところに地下が…?」
地下など、ヤヲにとってネフ族でいた頃には全く知らない単語であった。
だがチェン=タンの研究所で居候している間に、そう言った知識はある程度学んだ。
研究所にあった書物では王族や貴族が襲撃から逃走する際の隠し通路や、罪人を幽閉する牢で主に地下を利用する。と、書かれていた。
が、チェン=タンやこのゾォバという組織はそう言った知識の領域を軽々と越えてしまっていた。
「私は慣れているけど、足場には気をつけて…ランプは一応渡しておくから」
設置されている鍵を開錠することによって動き出すカラクリ。
鎖に引き上げられ開く鉄製の床板。
それらは全て太古—――暗黒の三国時代以降に廃れたはずの技術だった。
リデがヤヲに渡したランプもエナ石を利用したもので、王国が最近復元に成功したばかりと聞く代物と同じだろうと思われた。




