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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
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12案

   








「ちなみに、俺たちの組織は皆、偽名で通してる。だから俺の名もコイツらの名も本当の名じゃねえ」


 そう言うとロドはキ・シエをまじまじと見つめ始めた。

 それに対し思わず顔を顰めるキ・シエ。と、ロドは口角を上げた。


「なるほどな…」


 ロドはその指先をキ・シエの瞳へと向けた。


「ヤヲ…ってのはどうだ?」

「ヤヲ…?」

「昔の言葉に『クレ何とか美語』ってのがあって…要するに世辞の略字みたいなもんだ。世辞ってのには全く興味ねえんだが、こういう名付けのときは案外便利な語なんだ」


 『クレ何とか美語』というのは、古代クレストリカ美語のことだろうとキ・シエは推測する。

 言葉の一音に美しいと思われる単語を当て嵌め、その組み合わせで相手を賞賛していたという、古代人の戯言。

 (イニム)の蔑称である(紅蓮)(蒼穹)も、この言語から引用されたため、キ・シエには良い思い入れはなかったわけだが。


「でもって、その美語で言うとヤヲっていうのは『炎の瞳』って意味だ」

「どうして…その名を?」


 無意識に高鳴る鼓動。

 炎―――つまり紅色の眼であるネフ族だと気付かれたのだろうかと、キ・シエは息を呑む。


「主に俺の直感だが…一番はお前の眼だな」


 そう言ってロドはキ・シエに向けていた指先を下しつつ言った。


「その目ん玉の向こうに炎が見えた気がしたんだよ。復讐の炎がな」


 復讐の炎に憑りつかれた瞳。

 蔑称を生んだ古代語のわりに悪くはないと、キ・シエは静かに眼鏡を押し上げる。


「……それで、構いませんよ」

「じゃあ、これでお前も晴れて反乱組織ゾォバの仲間だ」


 ロドはそう言うと馴れ馴れしくキ・シエ―――改め、ヤヲへと肩を抱く。

 そんな強引とも言える彼の様子に、仲間たちは笑みを浮かべていた。

 高慢な笑顔。純粋な笑み。呆れた笑み。苦笑。

 それぞれの笑みを眺めながら、ヤヲもまた、人知れず笑みを零す。

 だがそれは友好によるものではなく。

 自身の目的達成に近付いたという、黒い笑みだった。

 





 ロドが率いる反乱組織ゾォバに加わることとなったキ・シエ―――ヤヲ。

 彼は早速アジトへと戻る彼らに付いて行くことになった。

 チェン=タンとは此処でお別れになるわけだが、当人は至って気にしていないようで。

 「じゃね」という言葉を残しさっさと研究室へ籠ってしまったほどだ。


「相変わらず呆気ねえジジイだな」


 そう独り言を洩らすと、ロドは突如踵を返しリデを見つめた。


「あー、それと。コイツの世話はリデ、お前に任せたぜ」

「了解です」


 ロドの言葉を聞き、リデはしっかりと頷く。

 それから彼は続けてヤヲの方を一瞥した。


「んじゃあこれからリデ(コイツ)がアジトへ案内するから。迷子ならねぇようちゃんとついてけよ?」

「貴方は戻らないのですか」


 ヤヲの質問にロドは変わらない高慢な笑みを返す。


「俺がいねえと不安か? 悪いが俺はまだジジイんとこで用事があんだよ。だから寂しがらずに戻って待ってろよ」


 その口振りを聞き、ヤヲの表情が曇る。

 と、それを静観していたリデはため息交じりにヤヲの背を押した。


「新人を揶揄うのは悪い癖よ、ロド」

「いや楽しくってな、ついつい」

「その悪癖のせいで何人の同胞が抜け出たと思っているんだ…」


 咎めるリデに続いて、大男のレグが口を開く。

 二人に責められ、流石にばつが悪いと思ったのかロドは「軽口に耐えられねぇ軟弱者が悪い」とぼやきながらソファに寝転がった。

 子供が拗ねたような、そんな様子にリデはため息を吐きつつ、ヤヲを押し続けた。


「早くアジトへ行きましょう」


 そう言って彼女は半ば強引にヤヲを研究所の外へと連れ出した。

 外へ出たヤヲは直ぐにリデの手から離れ、距離を置く。

 動揺を隠すかの如く軽く咳払いをし、彼は視線を研究所の方へと向けた。


「他の仲間は良いのですか?」

「ええ、レグとニコはロドの荷物持ちと護衛で付いて来てるから」


 そう言いながら、リデは雑木林の奥へと歩き出す。


「人目に付かないよう気配を消しながら、急ぎ足で向かうから…見失わないでね」


 何処へ向かうのか。

 どのくらいの時間が掛かるのか。

 質問したいことはまだあったヤヲであったが、次の瞬間にはリデの姿が森の奥へと消えてしまったため、聞くことが出来なかった。


「これは確かに…見失いそうですね」


 思わずそうぼやくと、ヤヲは彼女を見失わないように地を蹴り同じく林の奥へと消えていった。







   

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