17話
「お待たせしました、出来ましたよ!」
ノックもなく扉が開くと、ハイリがズカズカと中へ入ってきた。
軍特有の敬礼も礼儀もそこにはなかったが、それもそのはず。
彼女が大事そうに持つトレイには、ほのかな湯気と共に良い香りを漂わせる食事があったからだ。
「どうぞ。遠慮はいりませんよ」
「まだ作業中だぞ、オイ」
そう言ってハイリは美味しそうに盛られている山盛りの炒飯を、アーサガとナスカへそれぞれ手渡す。
未だ銃の手入れ中だったアーサガは強引に手渡され眉間に皺を寄せるが、一方のナスカはようやくのご馳走に満面の笑みを零していた。
「ありがとう!」
「どういたしまして、沢山召し上がって下さい」
「えっと、あの、ハイリ副隊長…自分の分は…?」
ナスカのおもちゃを片付けていたリュ=ジェンは、一人疎外感を抱きつつ、恐る恐るといった感じでハイリへ尋ねる。
が、返って来たのは言葉ではなく冷ややかな視線。
その双眸に気付いた彼は「お気遣いなく!」と付け足して、慌ただしく両手やかぶりを左右に振った。
ハイリはそんな彼を見やり僅かに表情をやわらげると、扉の向こうからもう一つのトレイを取り出した。
そこには炒飯が更に2つ分、置かれている。
「リュ=ジェンの分も用意しておきましたよ。お疲れ様です」
吐息交じりに差し出されたお皿を、リュ=ジェンは軽く頭を下げながら受け取る。
「あ…ありがとうございます!」
そんな彼の目元には薄らと輝くものがあったわけだが、それに気づく者は誰もいなかった。
食器とスプーンの重なりあう音が響く室内。
それぞれがそれぞれのペースで炒飯を食していく。
「どうです? これ、私の故郷の味なんです! 久々に腕を揮いましたよ!」
そう話すハイリはこれまでの“生真面目軍人顔”とは全く別の、如何にも“女性らしい笑顔”を見せる。
しかし。彼女のそんな顔は、一瞬の煌きとして終わる。
「甘っ!!」
「…あ、あの…めちゃくちゃに甘い過ぎっすけど。コレ…」
と、男二人が苦い顔で返したのだ。
ハイリは予想外の返答に不満そうな顔をして炒飯を見つめる。
「可笑しいですね…これでも控えた方なのですけど」
「これで控えた…? って、どんな料理だコレは!」
「私の地方では一般的な家庭料理です。先ず鳥の肉に大量の砂糖を擦り込ませまして、それから溶いた卵に砂糖を入れてから―――」
「もう良い!!」
そう叫ぶアーサガは気分を害したとばかりに顔を青ざめさせ、額に手を当てる。
隣でもリュ=ジェンが同様の顔をしていることから、二人の口には合わないのかと肩を落とすハイリ。
「どうやら国文化の違いというもののようですね…基地の食堂が薄味であったのも頷けます」
「そういうのはさっさと調べとけよ、説明機械のくせに」
「説明機械とは何ですか! 私はそんな名前ではありません!」
と、アーサガとハイリが口ゲンカを始めてしまった様子を見つめ、リュ=ジェンはケンカを仲裁すべく、覚悟を決める。
「いやなに、お菓子みたいなもんっすよ! ハハハッ…」
そう言って彼はその極甘料理を一気に口へとかき込んで見せたのだ。
上司である彼女に恥を掻かせてはいけないという男気もあったわけなのだが。
結果、彼はその後ずっとぐったりと倒れ込んでしまうこととなる。
「ごちそうさま」
すると、物静かに食事を進めていたナスカが突然、満足げな様子で両手を合わせた。
三人が半信半疑で彼女の皿を覗くと、炒飯は一口分も残されていなかった。
「無理して食べなかったか?」
「うん、すごくおいしかった」
満面の笑みで頷く少女の純粋な感想に、流石の父も閉口してしまう。
そしてしばらくの間を置いて。
「ナスカを変な味覚にさせんじゃねえよ」
と、だけ彼は言った。