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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
187/360

9案

   






   

 正午。

 研究室はようやく綺麗になったものの、チェン=タンは相変わらず落ち着かない様子でいた。

 椅子の上で正座をし、終始そわそわしている。

 常連客とはいえ、1年ぶりだというのだからそれも無理はないかもしれないが。

 と、そんな中。雑木林の向こうから人影が見えた。

 その人影は迷うことなくこの一見廃墟としか見えない研究所へと近付いてきている。

 町から随分外れた森林にあるこの場所は、見つけること自体まず容易ではないらしく。

 そんな辺鄙な此処へ来られるということは、まず間違いなく顧客というわけだ。

 窓から覗き込み、キ・シエはそんな来客だろう者たちを観察する。


(四人…か……)


 彼らは茶色のコートで全身を覆い、フードで顔を隠していた。

 彼らがどれほどの力量なのか。

 そして自分の力量がどれほどのものなのか。


(僕に倒されるならばその程度…でも、もし違うのならば……)


 キ・シエは左手を力強く握る。

 間もなく、研究所の扉がノックされた。





「はいはーい。開けて開けて」


 チェン=タンは嬉しそうな声を上げ、キ・シエに扉を開けるよう促す。

 キ・シエはドアノブを握り、ゆっくりと扉を開けた。

 左手は直ぐにその者の喉元を狙えるよう、ひっそりと構えながら。

 チェン=タンには悪いと思いつつも、彼は現れた来客目掛け、義手のナイフを突き出した。


「―――ッ!?」


 素早く伸ばした左手は間違いなく来客の喉元を狙った。

 が、手応えはなく。

 空を切っただけだった。

 気付けば目の前の人物は消えている。

 直後、辺りを探す間もなく感じた殺気。

 キ・シエは瞬時に扉の影へ隠れる。

 と、次の瞬間。

 彼の立っていた場所にナイフが飛ばされ、扉に突き刺さった。


「え、な、何?」


 突然の出来事にチェン=タンは一人、何事かと目を丸くする。

 しかし、動揺する彼を他所にキ・シエは更に攻撃を続ける。

 彼は扉を大きく蹴り倒すと同時に、仕込みナイフを来客者目掛け投げた。

 来客者たちは驚く様子もなく、瞬時に四散しナイフを避ける。

 その内の一人は後退の際にフードが捲れた。




 その人物は口元以外、顔面中に包帯を巻いていた。

 身体つきから恐らく女性と思われるその人物は、目元まで包帯が覆われているにも拘らず、的確にキ・シエへ反撃する。

 彼女がコートの袖から素早く投げた()()が、的確にキ・シエを狙う。

 が、キ・シエは瞬時に義手である左腕で()()らを弾いた。

 金属音を響かせ落ちていく()()は、どうやらナイフ程の長さはある針のような暗器だった。


「貴様、いい加減に…!」


 来客者の一人―――包帯女の仲間が明らかな苛立ちに声を荒げる。コートこそ羽織っているが、外見は大柄で低音の声から中年程の男と思われた。

 が、そんな苛立つ男を、別の仲間が「待て」と制止する。

 その言葉を聞いた大柄の男は制止しようとした手を戻す。

 男の介入を止めたその仲間は低い声で、ひっそりと笑みを零し二人の戦闘を静観する。




 次々と投げられる暗器針。それを的確に弾き返すキ・シエ。

 と、針が切れたのか包帯女は距離を取るべく突如大きく飛び退いた。

 その隙をキ・シエは逃さず追撃する。

 右手で義手を引っ張ると、手首から先が分断されロープが姿を現す。

 鎖鎌の如くキ・シエはそれを振り回し、包帯女目掛け投げつけた。

 即座に気付いた彼女であったが避けきれず。かぎ爪のような左手が女の足へと絡まった。

 だが彼女は捕えられた足をそのままに、もう片方の足で方向を転換し、キ・シエの懐へと飛び込んできた。

 ロープを手に持つその様は逃がさないと言っているようで。

 現にキ・シエはロープで繋がっている義手を掴まれたため、逃げることが出来ない。

 と、彼はそこでようやく。その女の髪の毛が青色であることに気付いた。


 





(イニム)…)


 懐かしい同族の髪色。

 捨てたと思っていた感情が一瞬だけ、揺らぐ。

 だが、今のキ・シエに彼女を同族と言える資格はなかった。

 復讐を誓い、黒色の瞳を得たあの日。キ・シエは瞳と同様に髪の色も変えてしまった。

 エナ石の特性を利用してチェン=タンが開発したという人工エナ石を胸元に装着させたことで、彼の髪は青色から漆黒へと変色していた。装着されたエナ石は故意にそうしなければ、そう簡単には壊れない。つまり、彼の髪の色はそう簡単に戻ることはないということだ。

 こんなことまでして(イニム)を捨てた自分に、もう一族を名乗ることなど出来るわけがない。

 そう思ったキ・シエは口に出すことを止めた。







    

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