6案
爆発の際にずっとその方向を見つめていたせいだろうか。
キ・シエの両目には激痛が走り、暗黒に閉ざされたようだった。
心も体も、全てが痛み、全てが真っ暗闇に堕ちたようだった。
一体自分たちが何をしたというのだろうか。
少なくとも、こんな結末になるために生きてきたわけじゃない。
王国のせいで愛する人を奪われた。
王国のせいで愛する故郷を失った。
何もかも、王国のせいだ。
絶対に許さない。
王国も、それに属する者たちも、全て。
一矢報いたが、あの男のことも許さない。
そして、あのヒルヴェルトと呼ばれた女軍人も、許さない。
全ては、あの女軍人のせいだ。
自分に一時の情けを見せたのも、まとめて爆発で殺すための虚言だったのだ。
一瞬でも油断した自分は馬鹿だった。
殺されてでも、殺すべきだった。
絶対に、あの女軍人は許さない。あの女軍人だけは許したくない。
憎悪し恨み苦しみながら。
心も体も何もかも、黒く染めながら。
キ・シエの意識は遠退いていった。
「―――おはよ」
目覚めたキ・シエに待っていたのは、意外な光景だった。
狭く、薄汚れた灰色の天井。
茶色に汚れたままの右手。
「見えて、る…?」
意識が途絶える前にあった両目の激痛はなく。
見えなくなったはず光景が、そこにあった。
あの眼に負った痛みは大したものではなかったのか。
そんなことを思っていると、先ほどの声の主がもう一度話しかけてきた。
「ねえ、おはよってば」
視界に入ってきた青年はキ・シエとほぼ変わらない年端に見えた。
「…おはよう、ございます」
「随分眠っちゃってたよ、君」
白い髪と灰色の瞳が特徴的で。
何処かの少数民族なのかと思ったキ・シエだったが、深く尋ねることはしなかった。
それよりも他に聞きたいことが沢山あったからだ。
「どのくらい…寝ていたんですか…?」
出来る限り冷静に努めて尋ねようとするキ・シエ。
「三日間も寝てた。もうワシもびっくり」
だが冷静になればなるほど、気を失う前に見た光景が、あの惨劇が。鮮明に蘇ってくる。
「僕の他に…誰か、生存者は? 近くに生存者はいませんでしたか…ッ!?」
焦る気持ちからキ・シエは身体を起こそうとする。
が、思ったように力が入らず。
その代わりに激しい痛みが全身を襲った。
「あんま動かない方が良いよ。全身ボロボロで今生きてるのって奇跡なくらいなんだから」
激痛に喘ぐキ・シエの傍らで淡々と語る青年。
青年は耳をかきながら視界から消えた。
「お、お願いします、教えてください…僕の他には…誰か……」
「いなかったよ」
青年はポリポリと白髪をかきながら椅子に腰かけた。
「君を発見した場所ね、君だけが奇跡的に生きてたの。そもそも君をこうして拾ってこれたのだって奇跡なんだから感謝して欲しい位なの」
その言動はあまりにも素っ気なく、無情に思えた。
キ・シエは全身から力が抜けていく。
と、同時に震えが止まらなくなる。
「嘘、だ…」
急く気持ちは激痛に勝り、彼は何とか上体を起こす。
「き、君なにやってんの!?」
「まだ…この眼で見るまでは……お願いします、僕を助けて下さった場所まで連れて行ってください…!」
だが、立ち上がろうとしたキ・シエはバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。
ここで彼はようやく左手が無くなったことを思い出した。
この絶望感は激痛以上にキ・シエを現実に呼び戻した。
あのとき抱いた憎悪を、怒りを、悪夢を呼び起こしてしまう。
「此処ってあの場所からそこそこ遠いし、やだ。それに行ったってもう何にもないよ。軍が片付けちゃったろうから」
現実的な青年の言葉が、キ・シエに更に深く突き刺さっていく。
愛する者は、愛した仲間たちは、こうも簡単な言葉で片付けられてしまうのかと。
絶望にキ・シエは呻き声をあげる。
「な、んで……キ・ネカ…皆……!」
熱くなる目頭と込み上げる苦しみに、彼は奥歯を強く噛みしめる。
と、その一方で。静寂な室内に紅茶を注ぐ音が響く。
薄い茶葉の香が漂う中、不謹慎にも聞こえる豪快に啜る音がキ・シエに別の苛立ちを募らせた。