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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第三篇  漆黒しか映らない復讐の瞳
182/360

4案

   








「ぐあぁあああっ!!!」


 激しい痛みにキ・シエは声を荒げた。

 紅い鮮血は彼の左肩から止め処なく溢れ出る。

 キ・シエは激痛の余りその場に倒れてしまった。


「ネフ族の男は脆弱だ。腕一本取られたくらいで断末魔を上げるか……」


 女性軍人はそう言うと、足元に転がった()()を掴み上げてみせる。

 ()()は先ほどまでキ・シエの左腕だったものだ。


「これで、断末魔を…上げない…人が、いるな…ら…是非とも見せてもらいたい、ですよ……」


 圧倒的不利な状況であるが、それでもキ・シエは必死に悪態を吐き、女性軍人を睨む。

 黒煙と黄昏、鮮血を浴びた女性軍人のその姿は、まるでおとぎ話に出る怪物そのものだと、キ・シエは思う。


「…皮肉を返す元気はあるようだな。そんなネフ族は貴殿が初めてだ」


 そう言って笑う女性軍人。

 その微笑すら今のキ・シエには恐怖を増長させるものでしかない。

 

(まだ駄目だ…もっとここから遠くへ逃げなければ……キ・ネカたちの…ためにも…!)


 奥歯を食いしばり、キ・シエは体を起こそうとした。

 が、思うように力が入らず、立ち上がれそうにない。

 身体の末端から冷えていく感覚が、眩暈のような感覚が、彼を襲う。

 それでも決死の思いでもがき抗うキ・シエ。

 しかしそんな彼へ、無情な顔で女性軍人が近付いてくる。

 彼女が構えるその夕焼けに輝く紅い剣が目に入ってしまえば、キ・シエは覚悟を決めた。


(……ここまでか…)


 





 ―――しかし。

 女性軍人は布きれを取り出すとその剣に付いた血液をふき取り、鞘に戻した。

 布きれは宙を舞い、地面へ捨てられる。

 そうして、何もなかったかのように女性軍人は踵を返した。


「……なぜっ!?」


 キ・シエは痛みを堪え、思わず叫んだ。

 叫ばずにはいられなかった。


「何故、止めを刺さない…のですか…!?」


 彼は知っていた。

 彼らは知っていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()という虚言と真相を。


「知っているんですよ! 貴女方は…我ら(イニム)を国外追放すると言っておきながら…実際は我らの命を奪い尽くし…根絶やしにしようとしているんだと!」


 メイビン宣言という御触れが出た時代当初は、言葉通りにネフ族を国外追放としていたのかもしれない。が、今では捕えたネフ族は老若男女関係なく、即処断されているという。それが里の中にいても聞こえてきた噂だった。

 そうして、現にこの隠れ里の状況が何よりの証拠だった。

 見知った顔は全て亡骸となっており、生きて捕えられている者など一人もいないようだった。


「だったら…僕も同じようにすれば良い! 仲間も何もかも失った僕には…もう何もないのだから!」


 その言葉は咄嗟に出た嘘だった。

 失いたくない大切なものは、まだ生きて残されている。

 だからこそ、キ・シエは『全て失った』と嘘を吐き、この里にはもう何もないのだと思わせたかった。

 自分の他にはもう誰も、生存者はいないと彼女に仄めかしたかった。





「……もう、それは望まない…」


 だが。それでも、女性軍人は何故かキ・シエに止めを刺そうとしない。

 彼女の呟いた言葉は生憎と周囲の騒音によってキ・シエの耳には届かなかった。

 と、彼女は軍服を翻し、そのまま彼の前より去ろうとする。

 



 このままでは他の生存者を探されてしまう。

 キ・ネカたちを見つけてしまう。それだけは許されない。

 何が何でも彼女を引き留めなくてはならない。

 そう思うものの、キ・シエの意識は徐々に朦朧としてきていた。

 呼吸だけで精一杯となり、未だ止まない激痛に上手く声も出せなくなる。


「ま、待って―――」


 と、そのときだった。

 刹那だけ、キ・シエは(ロム)による空気の変化を感じた。

 そんな能力が彼に備わっていた、わけではないのだが。

 それでも彼は感じたのだ。

 チリチリと肌に突き刺さるような、淀んだ空気の変化を。

 

 




 ―――ドオォン。

 その轟音は突然、脈絡もなく鳴り響いた。

 大きな物体が、崩壊するような、爆発するような音だった。


「なっ…何事だッ!?」


 それから間もなくして、その爆発による粉塵と爆風が二人のもとへ届く。

 爆風に煽られた女性軍人は思わず両腕で身構え、轟音のした方を向く。

 キ・シエも同じくその方角へと視線を向けたが、彼の場合、その表情は違った。


「……キ・ネカ…?」


 爆発らしき轟音のした方向には、キ・ネカたちが避難していた洞穴があった。

 偶然であってくれと。

 まさか、そうではないと願い祈るキ・シエ。

 だが、次の瞬間。

 晴れているはずの暮れなずむ空から、雨が降った。

 鮮血を流す程の雨―――それは水飛沫だった。

 爆発によって崩壊した滝の、それが爆ぜた飛沫だった。


「まさか…キ・ネカ……キ・ネカ…」


 朦朧としていたはずの意識は鮮明に戻り、代わりに全身の痛みが忘れられていく。

 信じたくはない憶測だったが、しかしキ・シエは嫌でも感じ取っていた。

 あの洞穴に何かあったのだと。

 キ・ネカたちの身に何か起こったのだと。

 それから最悪の想定が頭を過った瞬間、キ・シエは声を上げた。


「キ・ネカアアアァーーーっ!!!」









    

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