103連
彼女が選んだ道は決して楽なものではない。
恩恵であった王族の肩書きを捨て、未知の世界へと挑むだからそれは当然だ。
今はその不安も皆無であるほどに光溢れている彼女だが、いつかきっと翳る時は来る。
そんなとき、彼女を支えその背を押すことが、ラライの役目だ。
彼女にとっては傍に寄り添ってくれる親友であり、それ以上の感情を抱くことはない。
彼女の見つめる先はいつだって上―――大空ばかりで、振り向くことなんてないだろうから。
だが、ラライはそれで充分だった。
例え彼女が振り向くことはなくとも。
ずっと彼女と一緒に居る。
それがラライの決めた約束であり、覚悟だった。
「―――で、先ずは、何処に行くんだ?」
「リャンとリョウのお墓に行きたい」
そう言うとエミレスは花壇からいくつかの花を切り取り、その摘んだ花を束にした。
リャン=ノウとリョウ=ノウの墓は王都近くの墓地にある。
本来ならば罪人であるリョウ=ノウが埋葬されるべき場所ではなかったが、エミレスの計らいで姉の傍で眠っていた。
と、エミレスはこれで最後になるだろうからと、庭園を見渡した。
今後は従者たちに引き継がれることになっている。
この美しさは彼らの手によって、長く、何年も何十年も続くはずとエミレスは願う。
「空、眩しいね…」
「ああ…青空だな」
不意にエミレスたちが見上げた空。
その青は、彼の髪と良く似ていた。
一見鈍色に見えるあの長髪は、光を受けると雲ひとつ無い青空と同じ色に変わっていた。
―――彼は今、この世界のどこかで同じ空を見ているのだろうか。
そう思い馳せる彼女の首元には、水晶のペンダントがきらりと輝く。
「凄く綺麗ね」
彼こと―――フェイケスは一年前の事件において、全ての罪を一人で背負うこととなった。
リョウ=ノウを唆し、ベイルを脅迫し、今回の作戦を企てた黒幕とされたのだ。
それが事実であったかどうか。その真意は定かではないが、彼は罪を受け入れこの国の最重罪である国外追放となった。
そのとき以来、エミレスはフェイケスと会ってはいない。
二度と、フェイケスと会うことはない。
だがエミレスは、この青空を見る度に彼と繋がっているように思えた。
その気持ちはもう、恋慕や羨望と言ったものではないが。
それでも、エミレスは時折彼のことを思い出した。
いつかきっと、この感情について、答えが見つかれば良い。
と、エミレスはそんな風に思っていた。
「…ったく、だからってこの場でいつまでもぼーっとしていたら日が暮れるだろが。ほら、行くぞ」
そう言ってラライが手を差し伸べる。
照れくさそうに顔をしかめている彼を見つめ、エミレスは微笑みながらその手を握った。
*
―――今の私はとても幸せよ。
王女であることを辞めて新しく選んだ道は、きっと辛いことも苦しいこともあると思う。
でも、もう以前のように部屋に閉じこもったり、貴方を待ったりはしない。
私の傍には、私を想ってくれている沢山の人がいるって知ったから。
これまでの私は、自分の中で夢を見続けていただけだった。
それは決して悪いことではないと思うけれど、でも私の場合はそのせいで沢山の人に迷惑をかけた。
だから、これからは私を支えてくれた人たちのために、私にしか出来ない方法で恩返しをするの。
もう待つだけのお姫様も、ひ弱な乙女も卒業。
けれど、偉い人や凄い人に変わるつもりもない。
私は誰かに見つけられることはない、けれども誰かを想い、咲き続ける…
そんな気高き野花のようになっていくわ。
だからね、貴方へのお手紙もこれでおしまい。
でもね……それでも私は、いつまでも貴方を想ってるから。
……出来ることなら、貴方も私のことをほんのちょっとでも想っていてくれると嬉しい。
なんてね。
この空のどこかにいるフェイケスへ
エミレスより』
*
~ 第二篇 乙女には成れない野の花 ~ 完




