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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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102連

   







 ―――王城の屋上庭園。

 一年前までは雑草だらけであったこの場所も、今では色鮮やかな花々が咲き乱れる楽園に変わっていた。

 その庭園中央にある噴水。

 そこに彼女は立っていた。


「悪い、待たせたな…エミレス」


 ラライはそう言いながらエミレスへ歩み寄る。

 彼女はラライの姿を見つめ、静かに手を振り、笑顔を向けた。

 相変わらずの中肉中背―――だが、その長かった金の髪は以前よりも大分短くなっていた。

 

「大丈夫…頼んだのは私だから」


 そう言って微笑むエミレス。

 ラライはそんな彼女へ懐から茶封筒を取り出し、手渡した。

 受け取ったエミレスは早速、その茶封筒の中身を出す。

 するすると彼女の掌へと姿を見せたそれは小さな種たちだった。


「これがゲルベラの花の種…ありがとう、ラライ」


 足下に置いてあったスコップを手に取ると、エミレスはそれを花壇に植え始める。

 額には汗を滲ませ、土にまみれた手でそれを懸命に拭う姿は、とても王女には見えない。

 だが彼女の横顔は水を得た魚の如く、生き生きとしていた。


「―――なあ、本当に良いのかエミレス…?」


 おもむろに、ラライはそう口を開く。

 丁寧に種を植えていた彼女は暫く沈黙したままであったが、作業を終えるとようやく彼へと振り返る。


「今更種なんか植えたって…もう此処に戻って来るつもりはないんだろう?」


 ラライを真っ直ぐ見つめるエミレス。

 首元が見えるまでにバッサリと切った金の髪。

 衣装もいつものドレスではなくズボンを着用しており、外套まで羽織っている。

 その風貌に、かつての箱入り王女だった面影は全く以ってなくなっていた。

 




「確かに今も昔もお前にとって此処は居心地の良いもんじゃないだろうが…だからと言って地位も名も捨てるなんて…それがお前の幸せに繋がるのか?」


 ラライの言葉を聞き、エミレスは彼の瞳と交える。

 その澄んだ双眸には迷いなど欠片も無い。


「本当を言うとね…可愛いのも綺麗なのも嫌いじゃなかったの。私には似合わないだけで着飾ることも悪くはなかったわ」


 そう言ってエミレスは庭園を一瞥する。

 彼女が自主的に手入れをし、美しさを取り戻した庭園。

 その世界はまるでエミレスを反映しているように見えた。

 王女エミレスとしての全てが、この場所には詰まっていた。


「…ここに居続ける選択肢もあったと思う。けど、私が選びたい世界はここじゃなかった……私には、私にしか出来ない、やらなくちゃいけないことがある」


 



 白装束の卒爾(そつじ)

 あの事件をきっかけに自身の力が開花したエミレス。

 その力と名声、そして今回得た『アドレーヌ女王の生まれ変わり』と言う肩書きがあれば、民たちはエミレスを拒むことなく王女として、聖女としても受け入れたことだろう。

 だが、それをエミレス自身が望まなかった。

 存在自体が秘匿とされ、ひっそりと暮らしていた自分に表舞台は必要ないと、断言したのだ。

 そのため、エミレスの力を目撃した者達には口止めをし、彼女の活躍は隠ぺいされた。

 しかし、それでも噂は独り歩きしてしまい、一時期は『次期女王になるべきだ』とまで囁かれてしまった。

 スティンバルの尽力により、その噂もようやく落ち着いてきたところであったが、それを機会にエミレスはある決断をした。





「私の力には…まだまだ違う使い方があった……それについて研究したいって声もあるし私も自分の力をもっとちゃんと知りたい。でも、これは私自身が調べなきゃいけないことだと思うから」


 エミレスの力には、二種類の能力が存在した。

 拒絶したものが触れると爆発の如く反発する光。

 そして、許した者のみが入れる守りの光。

 しかしエミレスはあの日以来、ほとんどその力を使うことはなく。

 力の詳しい法則などは解らずじまいでいた。


「これ以上お兄様に迷惑を掛けたくないし…だったら王女じゃない方が楽だって思うから…王族じゃなくなるのはちょっと怖いけど、ラライもいてくれるし」


 その微笑みを見つめ、ラライは目を大きく開く。

 紅く染まる顔を慌てて背け、誤魔化すように咳払いを洩らした。


「だから、私はこの力を理解して、いつか沢山の人のために役立てたい…『恐怖を与える』じゃなくて『喜びを与える』ような…そんな力にしたいの」


 エミレスはそう言うと踵を返し、噴水へと近付く。

 そこから流れる水で土に汚れた手を洗いつつ、更に語る。


「そしていつか―――エナのことを憎む人や恨む人にも、この力(エナ)の良さを理解してくれるようにしたい」


 その瞳は光り輝いており、自分の目的―――使命感に燃えているようだった。

 と、おもむろに彼女は遠くの空を見上げる。

 想いを馳せている横顔。

 誰を思い描いているのか、ラライには容易に想像できた。

 彼はそんな彼女を静かに見守る。


「私はエナで世界を救ったあのアドレーヌ女王様のように……エナで誰かが救われる。そんな王国にするわ」


 まるでそれは純粋な子供のようにも見えて、ラライは思わず苦笑を洩らす。


「そうなると良いな」

「うん」


 エミレスははにかみ、ラライへと手を差し出した。

 王女とは思えない、日に焼けた掌。

  

「握手…して?」

「握手…?」


 ラライは思わず尋ね返す。

 

「これからもよろしくって意味の握手」

「あー…相変わらず面倒くさいやつだな」


 そう言ってラライは渋々といった顔をしながら掌を出した。

 そして、二人は固く握手を交わす。







   

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