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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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101連

   








 *





 お元気ですか?


 貴方は今何処にいるの?


 せせらぎの聞こえる森の中?


 風が匂いを運ぶ草原の中?


 でも、どんなに遠くにいたとしても、きっとこの大空の下では繋がっている。


 そう思うと不思議と貴方を傍に感じるときがあるわ。


 …なんて書くと貴方は絶対嫌な顔をしそうね。




 あれから、もう1年が経ったわ。


 時の流れはいつもあっという間でとても驚く。


 今ではすっかりお城も元通りで、あれは夢だったんじゃないかって、時折思ってしまいそうになる。


 けれど、決してそんなことはない。


 王城の一角に建てられた慰霊碑を見る度に、とても胸が痛み、あの日を思い出すから。




 私は相変わらずのんびりとした毎日を過ごしていたわ。


 お兄様も毎日お勤めで忙しい様子だけど、この間共に食事を取ったの。


 何があっても週に一回は食事を一緒に取るって言ってくれていて…それがとても嬉しいわ。


 その会話で今度一緒に別邸で暮らすお義姉様のもとへ遊びに行くことになったの。




 お義姉様はあの事件以来、王都から離れた町の別邸で暮らしているのよ。


 お義姉様自体にお咎めはなかったのに…あれからずっとそこで暮らし続けているの。


 私やお兄様が説得しても全然聞く耳持ってくれなくて…。


 お義姉様としてのけじめのようだけど、出来れば私は今度こそお義姉様と楽しく暮らしたかったわ。




 ごめんなさい。


 私ったら貴方には関係のないことばかり書いてたわね。


 でも一つだけ。


 これだけはどうしても書きたかったの。


 あのね、今の私は―――           





 *








 王都エクソルティスには『城下通り』という大通りがある。

 名の通り、王城へ繋がる跳ね橋より一直線に続く大通りのことだ。

 王城から遠ざかる程に建築物の外装は劣ってしまうものの、この大通りの活気だけは何処までも変わらず賑わいに溢れていた。

 と、そこを走る男がいる。

 行き交う人を縫うようにすり抜け、ひたすら王城を目指す青年。

 そうして跳ね橋前の城門へ辿り着くと、一人の兵士が彼を呼び止めた。


「ラライ殿、今日もご苦労様です」


 律儀な衛兵は青年―――もといラライへと律儀に敬礼をし、通過していく彼を見送った。

 ラライもそんな衛兵に軽く手を上げて返していた。




 王城の外見は以前通りの威厳と風格を取り戻していた。

 あの歴史的大事件は見る影もない―――とは過言かもしれない。

 あれ以降、城門を守る兵士の数は増えた上、入城にも許可証のみならず入念な検閲を要するようになった。

 それらをようやく終え、王城内へと入ることの出来たラライは一直線に目的地へと駆けていく。

 が、その途中に見知った姿を見つけ、その青年を追いかける。

 気配を消しながらラライは彼の背中を軽く叩いた。


「おい」

「うあああああっ!!!」


 声を掛けられた男は城内に響くかのような悲鳴を上げた。

 ラライは顔を顰めさせて、振り返る男を見つめた。


「ばか、オレだ」

「あ、あああ…あんたか…」

「いい加減、その面倒くさいビビりから卒業しろって」


 この男はかつて兵士であったが、今は学者に転向し、携えるものも剣から書物へと変わっていた。


「研究の方はどうだ?」

「ああ、順調も順調さ。これも全部亡くなったじいちゃんが遺してくれた資料のおかげだけどね」


 彼は満足げな表情で大事に抱えていた資料を見せる。

 それは元学者であった男の祖父が隠し持っていたというものだった。


「オレが会いに行ったときは一目も拝ませてくれなかったがな」

「そりゃそうさ。この中には|エミレス様について《あんたが知りたかったこと》は何も書かれてないからね」


 冊子の如く丁寧に束ねられたそれには、著者名が書かれていた。

 しかしそれは男の祖父の名ではなく、クェン=ノウと記されている。




 クェン=ノウ。

 リャン=ノウ、リョウ=ノウ姉弟の父であり、エミレスの研究責任者であった彼が書いたと思われる資料。

 そこにはエナ研究が禁止される以前に行われていた研究データが残されてあった。

 彼が独自に調べたのか、調書が別に残されてあったのかは定かではないが。


「この資料のおかげで、禁止時代前のように―――いや、それ以上にエナ研究は大進展していくだろうね。いやあクェン=ノウって人を本当に尊敬するよ」


 元兵士、もとい現学者の男は尊敬の眼差しで遠くの空を見つめる。

 だが彼はエナ研究の事実―――このクェン=ノウという人物がどういう末路を辿ったのか知らない。

 そしてこの先も、誰も、知ることはないだろう。


「…そうか。それなら著者も、お前の祖父さんも報われるだろうな」


 ラライの言葉に、男は満面の笑みを浮かべた。

 

「もっちろん! 城が襲撃されたときズタボロだった僕だけど…このエナ研究で今度はこの城を守ってみせるよ」


 そう言い残し、男は急ぎ足で何処かへと去って行く。

 学者となった彼は、兵士時代とはまた別の多忙な毎日を送っているようだった。

 それもこれもあの事件以来、エナに対する見方は随分と変わったからだ。

 禁止令が排除されたことでエナエネルギーの研究は再開された。そのお陰で、今最も活気立っている。

 かつて存在したエナを熱源とした品々が、文明に反映される日もそう遠くは無いだろう。




 そして、変わったのはエナのことだけではなく。

 彼女について、もだった。







   

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